歯型

まだ時刻は一日の始まりなのに、思わず気分が滅入って嘆息が出そうになった。

「あーあ……、肩に思いっきり歯型が付いちゃってるじゃないですか」

嘆息の原因は洗面台の鏡に写し出す、人為的に肩に刻まれたいくつもの歯型である。

「ついでにキスマークもな」

歯型と同時に首筋を中心に刻まれた鬱血を付けた犯人は、かなり人事の笑っている。
その態度にムッとして、現在後ろで歯を磨く悟浄の背中を睨み付けた。
すると、鋭い睨みが背中から伝わってきたのか悟浄はおそるおそる八戒の方を向いた。

「……わるかったって」
「そう思って下さるなら、次回からはもう少し加減してください」
「でもよ。そーいうお前だって、俺の背中に思いっきり爪立てやがって痛いのなんの」

大袈裟に痛がるそぶりを見せながら、再び悟浄は背中を見せ付ける。
タンクトップの先から露出した肩甲骨から、肩より少し下の位置に三日月型の跡がいくつも刻まれていた。
それは深夜に交わした情事の最中に、痛感と快楽をやり過ごす為、無意識に悟浄の背中に自分の手で刻んでしまったようだ。
目に触れると、ちょっとだけやり過ぎた罪悪感が芽生える。
しかし、こちらだって肩にキツく噛まれた歯型や、服で隠せるか分からない首筋に鬱血を付けられたのだからお互い様だ。
それでも、そっと大きな背中に刻まれた爪痕を、指先で労る気持ちで滑らした。

「でも、背中の爪跡は男の勲章なんでしょう?」
「まぁな」

滑らす指ごと優しく掴まれ、悪戯気に笑みを零した悟浄だった。



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