「ふぅ……、やっと掃除が終わりましたね」
「やった感出すな。お前は端っこで本を読んでただけで、片付けたのは俺と悟空だっつーの」

全ては捲簾の言う通りだ。
捲簾と悟空と書物やら変な物体を片付けている中で、最初こそは書物の整理整頓に精を出す天蓬だったが、いつの間にか手に触れた書物にトリップして戦線離脱。
時間をかけて、やっと部屋が綺麗に片付けられた頃。
ようやく現実から戻った天蓬は、何もしていないのに労働の汗をキラキラと流し、無駄に汗を拭う様をしている事に思わずツッコミを入れる捲簾でだった。
そしてたまたま運悪く、片付けの最中に天蓬へ遊びに来てしまった悟空だが。
嫌がりもせず、寧ろ笑って手伝った上に、部屋の主よりも遥かに上回る労働力を働かせた様子は、健気で非常に有能であった。
そんな悟空は天蓬とは違い、れっきとした労働の汗が滲み、その上撥ねた栗色の髪に埃がついている事に天蓬が先に気付く。
天蓬は悟空へ顔を向けて微笑むと、目が合った金晴眼はキョトンと天蓬を見上げている。

「片付け、手伝ってくれてありがとう悟空。埃まみれにさせちゃったお詫びと言ったらなんですが、お風呂一緒に入りましょうか?」
「え、いいのっ?」
「ええ、もちろん」

天蓬は更にニコやかに言うと、悟空は嬉しく無邪気に跳びはねている。
捲簾はそんな純粋な悟空の喜び方に、自然に口角が上がった。
一方で、自分に労いの言葉が一切ない事に対して、いつもの事だと自分に納得させている捲簾が少し哀れでならない。

「今日はこんな日もあろうかと、ちゃんと悟空用に用意しました。僕も愛好している、風呂には欠かせない三種の神器……。アヒルとこぶねと水鉄砲です!」
「わぁ! 天ちゃんありがとう!」
「……オイこらこの大の大人。何いい年して風呂に玩具を持ち込んでやがるんだ」
「あ、スイマセン。貴方の分は残念ながら無いんですよ」
「いらねぇわっ!」

またくだらないモノを下界から持ってきた事と、天蓬独特のマイペースに呆れながら、捲簾は寄り切った眉間を押さえた。
しかし、悟空は手渡された子供用だからか、少し小さめな黄色の洗面器に入った風呂用玩具セットを、大層喜んでいる様子だ。

「さて、僕も動いて流した汗とついた埃を流すとしますか」
「……今、すげぇ〜聞き流せないトコがあったんだけど」

大袈裟に背伸びをし、凝った肩を回しながら天蓬はそう言うが、捲簾は思わず口を挟んだ。
が、そんな捲簾を華麗に無視して、天蓬は珍しく風呂に入る気でいた。

「入ったら悟空の背中、洗ってあげますからね」
「うん、俺も天ちゃんの背中洗うね!」
「悟空は本当に優しい子ですね」
「……華麗に無視かよ」
「何さっきから一人でノリツッコミに精を出しているんです? 漫才師にでもなるんですか?」
「誰が漫才師だっ、誰が!」

そんな声を荒げる捲簾を気にしずに、天蓬と悟空はいつの間にか手を繋いで、浴室へと向かっていった。
寝癖で跳ねた黒髪と元々跳ねた栗色の髪が、歩く度にぴょこぴょこと動く大小の後ろ姿は、金蝉とはまた違った親子のようにも見えなくもない。
そんな二人の姿を仄々とした気持ちで見ながら、浴室に姿を消すまで見届けていると、急に止まった天蓬が振り向いてきた。

「言わなくても分かるだろうと思いますが、決して覗かないでくださいね?」
「バーカ、覗かなくても夜になったらいくらでもテメェの裸が拝め、ぐへっ!」
「そうですか。なら、心置きなく湯に浸かってきますね」

幼い悟空の前で不埒な内容を口にした捲簾の顔面に、全力投球された分厚い辞書が見事に命中した。
決して軽くない辞書を一隊の大将の、しかも顔面に命中させたのは流石、元帥の軍位を担うだけあるだろう。
予想外のダメージに捲簾が悶絶している間に、二人は既に浴室に入った後だった。
捲簾はまだ痛む箇所を摩りながら、無意識にポケットから煙草を取り出し一本を口に咥えた時だった……。

「あ、やべぇかも……」

間が抜けた独り言を無意識に口にするが、当然誰かが答えてくれるはずもなく。
火をつける動きを一端止め思わず出た声と共に、捲簾はある事を思い出し、浴室にいる二人、天蓬に目を向けていた。











−−一方、その頃。
淡い湯気が浴室内に広がっている中、天蓬は悟空の小さな頭を洗っている最中だった。

「悟空、他にかゆいトコロはないですか?」
「うん、大丈夫ー」

髪を洗う直前。
『髪を洗っている間は目をしっかり閉じるように』と、天蓬の言い付けをしっかりと守っている悟空はちゃんと目を閉じたままだ。
目を閉じたまま受け答えは、天蓬の方へ振り向いて答えてくる。
そんな正直な悟空に、自然と柔和な笑みが浮かぶ。

「じゃ、流しますね」

そう一言言ってから、泡立った栗色の髪に湯をかけた。
泡が全部湯に流れた事を確認し、漸く目を開けて平気だと言うと、悟空はまるで動物の様に頭を左右に振って水分を振り落としていた。
その間に、己の洗髪は適当に湯で流すだけで終了し、今度はボディーソープをつけたタオルで小さな背中を洗い始める。
そんな小さな背中から伝わってくるのは、先程渡した風呂場の玩具で早く遊びたいという幼い高騰感。
初めて見る玩具に、興味をそそられない子供はまずいないだろう。
まぁ、自分の子供時代の時は、玩具などは勿論、遊びすら興味もなかったが。

「はい、背中は洗い終わりました。後は自分の身体を洗ってから湯舟でおもちゃと遊んでいいですよ」

そう言った時、悟空は一瞬キョトンとするが、直ぐに行動に移す。
少し雑に擦っているところは少々いただけないが、早く天蓬がくれた玩具で遊びたいのは目に見えている。
だから天蓬は苦笑しながらも、それ以上何も言わず、自分も適当に自らの身体を洗い始めた時。

「天ちゃんも、背中洗ってあげるね」

まだ泡まみれになっている身体のままの悟空が、天蓬の背中に回って背中を洗い始めてきた事に思わず驚いた。

「え、いいんですか?」
「だって、さっき約束したもん。天ちゃんの背中洗うって」

入る前に天蓬が言っていた背中を流し合う約束を、忘れずにちゃんと覚えていたのだ、悟空は。
一刻も早く遊びたくてうずうずしているのに、本当に、素直で純粋で良い子だ。
出来る事ならコレらの長所を大人になっても、失わないで欲しいと強く願うばかりだ。
−−そんな時。
ふと、背中から急に動きが止まっている事に気付き、少し不思議に顔だけを悟空に向けた。

「悟空、どうしました?」
「天ちゃん、背中いっぱいに虫にかまれたアトあるよ?」
「虫にかまれたアト?」

悟空が嘘をつく子ではないのは誰よりも知っている。
だから事実、背中にそんなアトがあるのだろう。
しかし、虫に噛まれた跡と言われても全く心当たりもなく、検討が付かない。
それでも悟空は続けて背中の実況を続けた。

「うん、小さな赤いアトがポツポツあって、背中の上から下まであるよ」

小さな、赤いアトがポツポツとある。
しかも背中全体に……?
悟空が口にした事を脳内でリピートし続けると、突然脳が少し前の過去の記憶を、しかも精密に思い出させてきた。
それは、口に出すには恥ずかし過ぎる記憶だった。
つまり、それはベッドで行われた濃厚な性交。
強制にさせられた獣のような体制でなされた行為に、挿入されたままあの男は、しつこく背中に唇を落として……。
そこまで記憶を遡ると、天蓬は思わず絶句する。

「どーしたの、天ちゃん?」
「あ、あはは……。そ、そうなんですよ〜、噛まれすぎちゃって困ってたんですよねぇ」
「だよね。これだけ噛まれたら、天ちゃんスッゴく痒そう……」
「ま、まあ……。でも今のところは、大丈夫ですよ」

何も知らない子供の問い掛けは、顔には現さなくてもギクギクと天蓬に刺さった。
悟空は特に跡に対して詮索さずに、一生懸命背中を洗い出す。
そんな背中を洗われる中天蓬は、あの思い出しくもない恥ずかしい記憶を、渋々もう一度思い返す。
あの時、性交の痕跡は絶対残すなと約束の元で行った行為にもかかわらず、あの男−−捲簾は背中に、約束を破ってアトを……、鬱血を付けていたのだ。
あれだけ何度もつけるなと言ったのに、こちらが意識を反らしている間に、見えないからと言って、調子にのって付けたのだろう。
悟空いわく背中全体に。

(あのエロ大将、本気でどうしてくれてやりましょうかねぇ)

身体に鬱血を残されると、万が一討伐などで身体に負傷した際非常に厄介なのだ。
負傷すれば、当然治療する為に脱がされ、付けられた鬱血が部下の目に晒されてしまう可能性が出て来るからだ。
そんな羞恥な事態を、何としてでも誰だって避けたい。
過去に一度だけ、無理矢理つけられた翌日に、運悪く討伐出陣が出た時。
下界は梅雨という蒸し暑い時期だったのに、暑苦しい軍服の衿元すら緩める事すら出来ず、無駄な苦労を重ねた事を思い出す。
帰還してその肌を最後まで部下に晒す事が無かったものの、部屋についた直ぐに鬱血をつけた真犯人は、それをネタに散々弄ぶのだ。
そんな思い出したくなかった忌ま忌ましい過去の出来事に、天蓬は湧き出る殺意を隠し切れずにいた。
そんな天蓬の殺意を幼いながら、野生の勘で察知した悟空は思わず弱々しく天蓬を呼び掛ける。

「て、天ちゃん……?」
「……どうしたんです、悟空?」
「う、ううん。……なんでもないっ!」

天蓬の表情は笑顔なのに、何故か身を凍らせ、恐怖を駆り立てる何かを放っているのだ。
これ以上追求してはいけないと、幼いながら空気を読む術を思いついた悟空は、気にしないように心がける。
しかし、あまりにも天蓬の豹変ぶりに、自然と玩具で遊ぶ気にはなれなかったようだ。

そして、無事に(?)二人は入浴がすんだ後。
湯気立つ体から真っ先に天蓬は、誰もが見惚れる極上の笑みを捲簾に向けてきたのだ。
勿論、捲簾はやっぱりと顔を引き攣らせる。
やはり背中のアトに気付いたかと察した捲簾は、逃げる前に天蓬による華麗な右ストレートを喰らわされ、その場にいた悟空に目撃されるのだった……。







見えないアトにご注意。
(全く、油断も隙もないですね)






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途中から誰視点なのか分からなくなりました。(反省)

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