「天ちゃん、ケン兄ちゃん、バイバーイっ!」

先程、天蓬の部屋にて遊んでいた悟空だが、日が暮れて彼の保護者が不機嫌な顔をして迎えに現れ、天蓬と捲簾は別れを言いながら、手を懸命に降る悟空を笑みで返して手を振った。
悟空の別れの手を振る手とは反対の手に、しっかりと握る保護者、金蝉の手が重なっている事を見て、微笑ましく、共に思いながら。

悟空という賑やかな存在がいなくなった事により、その場は急に静まり返ったが、決して不快には感じない。
寧ろ、隣に居る互いの存在がこの沈黙によって、より一層強調しているようで、心地好く思える。
少なくとも、捲簾は。

(また、始まったか…)

まだ回廊に見える別れた親子の姿からふと、視線を隣に向ければ、普段前髪で隠された上に眼鏡越しにしか見えない、紫の瞳が、外す事を忘れたようにあの親子から離れずにいる。

時々こうやってあの親子に向ける天蓬の視線は、まるで子供の成長を暖かく影で見守る慈悲的なモノと、その裏で子供達に危害を加えようモノなら容赦なく叩く切ってでも守ろうとする冷徹でしかし、強い意思が宿っているモノを感じさせる。

−−−もうお互い気付いているのだ。
ここ最近の上層部の不穏な動きが、もうすぐ大きな何かが動き出す事を。
陳腐めいた例えをするならば『運命の歯車』のようなモノが。
その動きはもはや誰にも止める事が出来ない。
ただ、終焉を迎えるまで動く事を忘れないだろう。
恐らくそんな強大な存在に、いずれあの親子は立ち向かわなければならない。
しかし、戦力外に等しい小さな二人に、それはあまりにも無慈悲なモノだった。
そして立ち向かわなければならない場面に二人が陥った時、この男は間違いなく足を突っ込むだろう。
西海竜王が認める程の軍事的頭脳、冷静沈着な洞察力を兼ね備え、精密な計画に戦闘シュミレーションを頭の中で瞬時に描き行動に出来るのに、少し考えれば避けられる難を、まるで後先考えてずに無鉄砲な行動に移す。

そのなんとも矛盾だらけの不思議なこの男に、捲簾は長くも短くもない付き合いに若干の諦めもあった。
そして、実はとても共感が出来る人間味溢れるこの男を、何よりも愛おしく思っている。
そして不満も勿論ある。
それは、なんでも全て自分一人で背負おうとしている事。

一人で抱え込めば良いって思うな。
少しぐらいお前が背負い込もうとしているモノを分けろよ、俺に。

「ま、今は暖かく見守ってやろうぜ。オ・レ・た・ち・で」

最後の部分を大きく強調するように言って、捲簾が視線を外している間、いつの間にかあの微笑ましい親子の姿は回廊には消えていて、捲簾は軽く肩を乗せると天蓬はこちらを振り向いた。

「何ですか、最後の取って付けたのは」
「何でも一人で勝手に背負って、部下に多大な迷惑をかけようとしている奴に、念入りに教えてやっただけ」

捲簾のその回りくどい言い回しに対して、天蓬は聞こえによれば、少々拗ねたようにも、困ったようなようにも取れるような返事が返ってきた。

「別に僕はそんな果報者な部下に、厄介事に巻き込ませるつもりはないですよ?」
「お前はそのつもりでも、その部下は黙っちゃいねぇの」
「貴方って本当に、お人よしですね」
「人柄の良さだよ、良さ」

そういうコトにしておきます、と普段の軽口のように言ってさっと部屋に入り、また再び天蓬は背中を向けた。
さりげなく、肩に乗せた捲簾の手を拒絶するように離れ、軽口言っている声と今の行動に反動を感じすぎて、捲簾は思わず思ったコトを口にする。

「なんでもかんでも一人で背負い込みやがって、そんなに自己犠牲精神が好きなのか?それとも、俺が頼んないってか?」
「…なんです?突然」
「たまには頼れよ、俺に」
「……」

言いたい事は直接的に言わなければ気が済まない。
背中を向けた白衣の痩身に向かって、静かな怒りを声に込めて捲簾は言った。
それでも、天蓬はこちらを振り向かずに、ただ捲簾の怒りを静かに聞いているだけだった。

こちらから一方的に近い会話から少し短くない沈黙の時間が流れる中で、最初に沈黙を破ったのは天蓬だった。

「捲簾」
「…なんだよ?」
「いえ……、なんでもありません」

それを言った瞬間に、何かが弾けるように足を細躯の背中の方に進め、徐に抱きしめていた。

「…何のマネです?これは…」

今度はこちらが黙ってしまう番であった。
正直に言って何故こんな行動をとったのか、分からない。
分からないが、なんでもないと言った天蓬の弱々しく聞こえてしまった声に、何もしずにそのままにしていたら、後になって必ず、後悔すると思ったからだ。
だから刹那的に、背中を離さないように腕にきつく納めてしまっていた。
離したら最後、この男は誰にも頼らずに、本当に一人で全部抱え込み厄介事に巻き込まれて、俺の前から消えてしまいそうだった。
そんな有り得ないコトのはずが、有り得てしまうようで、柄でもなく恐怖で肝が冷えそうになるった。

−−−返す言葉がない。
そんな時に、まるで駄々をこねる子供に困った母親のように小さくクスクスと天蓬は笑い出した。

「後先考えずに行動するクセ、いい加減に何とかした方がいいですよ」
「ソレ、お前にだけは言われたくねぇ」
「…それもそうですね」

何がおかしいのか、また一人で一方的にクスクスと笑い出す天蓬に、不思議と不快感は持たなかった。
冷たい背中を抱きながら、急に顔が見たくなり、腕を回して白い頬に触れ、こちらを少々無理に振り向かせる。
少々無理な体制を強いているにも関わらずに、天蓬は笑っていた。

「すいませんね、これでも僕にしたら、大分貴方に頼ってると思っていたんですけど」
「何処がだよ…、もっとだよ、もっと」
「これ以上はまだ、難しそうですね。性分だから仕方ないじゃないですか」
「難しく考えすぎなんだよ、お前は」

そう言ってより一層背中から、抱きしめる。
逞しい胸板と、細い背中がきつく密着する形になり、触れた手の先には、天蓬が生きている証に聞こえる心音を感じる。

こうやって、少しでも身体を預けるだけ、大部違ってくる。
しかし、誇り高く気高いこの男は、自らそんなマネをしない。
きっとこちらが手を差し延べても、その手を跳ね退けるだろう、なら…。

−−−無理矢理にでも掴んで離さないまでだ。

「…貴方って、前から思っていましたが、体温暑苦しくですね。意外と分厚い生地で出来ている白衣からにも伝わってくるなんて」
「暑苦しいは余計だっつうの。寧ろお前の方が冷えすぎなんだよ、この冷え症」

抱擁最中にもまだ天蓬の身体は冷たいままであった。
だから、いつも体温が高い捲簾には、触れる身体が余計に冷たく感じ、天蓬もまた捲廉の体温が余計熱く感じさせるのだろう。
体温が高いと低いのが合わさり、互いに心地好く感じるまでに互いに黙ったままだった。

ただやはり、この沈黙も心地好く感じる。
ただだだこの時間が心地好く、この抱いている存在がなければ決して知ることがなかった時間。
そして味わう事を知らなかったモノ。

「……頼り方なんて、貴方が来るまで知らなかっただけです。頼った後に見返りを求められたり、借りを作るのはゴメンですからね」

そんな心地好さに浸っていた捲簾に、天蓬は俯いてポツリと口にした。
まるで天蓬の性格を表しているような返答に、自然と笑みが零れる。

「モチロン、俺だって見返りなしのボランティア精神を働かせる聖人君子じゃねえよ。見返りはちゃんと貰ってるぜ、お前さんの身体でな」
「…っ、…そういうエロ親父みたいな余計なコトを言わなければ、カッコいいままで終われるのに」

服越しで天蓬の身体を情事最中時のように、妖しい手付きで触れれば、面白いぐらいにビクリと身を震わし、捲簾が満足する反応を見せる。
天蓬はそんな素直過ぎる身体の反応が悔しくて、いつもの調子で軽口を叩くが、捲簾にとってはなんの苦もない。
そんな捲簾を見て、さらなる口の反撃を、捲簾は少々覚悟していたが、天蓬が次に口にしたのは、軽口でも攻撃的な厭味でもなく、自分を呼ぶモノだった。

「捲簾」
「なんだよ」
「なんでもないです」
「…なんだソレ」
「捲簾」
「だからぁ、なんだよ」
「…なんでもありません。ただ、呼んでみただけです」
「あのなぁ…」

また何が可笑しいのか、一人でに笑い出す天蓬に少し辟易するが、天蓬は捲簾のそんな様子などお構いなしに、クスクスと笑っていた。
明らかにからかわれているのが分かるが、こちらから抱き寄せていた背中は、いつの間にか天蓬自ら捲簾の身体に、身体を預けている感触、上体の重みが掛かっている事が分かり、文句の一つも言えなくなった。






頼り方と甘え方が下手なヤツ
(これでいい。
今は、ただこの頼り方と甘え方が下手なこの男が、何より愛しい)









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初のKT話。
ただ親子を見守る天ちゃんと、その天蓬が心配な捲兄が書きたかっただけ(笑


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