日中着いたばかりの街中を、悟浄と八戒は肩を並べて歩いている。
勿論、目的は旅先の買い出しだ。

「煙草、ライター、ビール、肉まん、トイレットペーパー、缶詰、あとそれから……」
「まだあんのかよ!!」

八戒は買い物リストを片手に掴みもう片手は荷物を抱え、悟浄は両手が抱えているため房がっている。
手一杯の状態にも関わらず、まだ買う物があるのかと悟浄は不満の声をあげる。

「どっかのクソ坊主は置いといて、なんで悟空まで留守番させんだよ!」
「悟浄と悟空が揃って買い物すると、すぐ無駄遣いするじゃないですか」
「別にいいじゃねえか。どーせ他人サマのカードなんだしよ」
「僕が言っているのは無駄な物ばかりを買ってしまった結果、旅中の荷物がかさ張るから止めて欲しいんです」
「へぇへぇ、ワカリマシター」

分が悪いのかあっさりと身を引く悟浄は棒読みな返答を返す。
そしてその後からしばらく二人の間には会話はなく、黙々と街中を歩き続けた。
八戒はふと、道を行き交う人をちらりと一瞥する。
この街は妖怪の被害があまり無いのか、至極平穏な雰囲気が流れている。
歩きながらお喋りに華を咲かせている数人の女性達。
子供を肩車する父親と二人を見て綻ばせる母親、慎ましく手を繋ぎ合っている恋人達。
この光景だけ見ていれば、異変など元々無かったようにさえ錯覚してしまいそうだ。
この雰囲気は少しだけ、悟浄と暮らしていたあの長安の町並に似ている気がする。
そういえば、こうして悟浄と二人きりで出掛けるのは久しぶりだと八戒は気付いた。
普段の買い出しは少量なら自ら一人で行っていたし、どうしても手が離せない時は悟浄に行って貰っていた。
あるいは自分と悟浄を含め、悟空を入れた三人での買い物が主流だった。
勿論三蔵はいつも宿でサボり、もとい留守番係である。

(なんだかこうしていると、同居の頃を思い出しますね)

悟浄と住んでいたあの家から離れ、一年しか経っていないのに何処か懐かしく思える。
朝帰りして爆睡している悟浄を、よく掃除機の騒音で起こしていたものだ。
何かの特売日の日にはまとめ買いをしたいので、今のように付き合わせていた。
眉を潜めて大きなあくびをし、如何にも眠たそうにしていたあの時の悟浄の顔。
その時の悟浄の顔を思いながら、今度は隣で歩く悟浄をチラリと目を向ける。
煙草を咥えながら、めんどくさそうに口をへの字に曲げている。
少し違うが当時の記憶と重なって、思わずクスリと笑みが零れてしまった。

「何笑ってんの?」
「いえ、何でもありません」

その事に気付いたのか悟浄は、ようやく八戒の方を向く。
そして何か言い足そうな顔をしつつ、悟浄は『あ、そ』と返ってきた。
何とも素っ気ない返事だが、ある意味悟浄らしい。
そんな時、またふと違った記憶が脳裏を掠めた。

(そういえば……。以前は僕が今の悟浄の位置にいたんですね)

瞬時に脳裏に広がる、あの雨の日に拾われる前の記憶が蘇る。
最も愛していた恋人、そして漸く巡り逢えた半身である彼女との生活を……。
肩を寄り添うように並べて歩いた記憶。
それはまるで、セピア色の写真のように思い出す。
今のように買い物リストを片手に彼女と町並みを歩きながら、自分は両手いっぱいに荷物を抱えて買い物を進めていく……。
まるで今の状況と同じだ。
唯一違うとすれば、隣に歩く人物と役割が代わったことぐらいだ。

「なぁ」
「え、な、なんでしょう?」
「なんでお前が驚いてんのよ? こっちがビックリするわ」

声をかけてくるとは思わずに、つい目に見えて動転してしまった。

「あ、あはは……、ちょっと、懐かしい思い出に耽っていました」

「思い出?」
「えぇちょっと、悟浄とまだ出逢っていなかった時のことを、ね」

思わず苦笑して、つい考えていた事を口に出してしまう。
少し歯切れ悪い口調で言うと、悟浄は急に口を閉ざした。
腐れ縁に近い付き合いのせいか、この沈黙がこれから話を聞いてくれる体制であるのが何となく八戒には分かった。

「よく、今みたいに二人一緒に買い物に行ってたんです。その時に女性との買い物が、こうも長いんだって初めて知りました」
「あ〜、すっげぇ分かる。女ってアレもコレもってうるさくて中々決まんねぇのよ」
「えぇ、そうなんですよ。帰りは決まって両手いっぱいに抱えている荷物を持って帰るんです。家に着いた時は腕が張って大変でした」
「災難だったなそりゃ」
「でも、不思議と嫌じゃなかったんですよねコレが」
「何気に惚気かよ」

悟浄は口角を上げながら、聞いてくれていた。
彼女の名前をわざと口にしていないのに、悟浄は相打ちをうっている。
人の内情に敏感な悟浄らしい。
恐らくは、己の胸の内を察してくれているのだろう。
悟浄は普段の粗忽な態度が目立って勘違いされやすいが、本当は誰よりも繊細で人の感情に敏感だ。
良く言えば優しく、悪く言えばお人よしだ。

「買い物が終わって帰宅する途中にまた一緒に行こうねって、必ず言うんですよ」

目を閉じれば、彼女の姿がそこにいる。
可愛らしい彼女を前に、約束を交わす相手がいる嬉しさに自然に表情が綻んだ。
隣に歩く彼女は自分をチラリと一瞥し、首を傾げていると決まって『何でもない』と笑って答える。
そんな不可思議な言動をする様子に、自分は内心いつも少し首を傾げていた。
しかしその時に見せる彼女の笑みを見ると、あまり気にならなくなった。
名前に含まれた花のように、可憐な彼女の笑みにどれだけ心を満たされていたのか計り知れない。
彼女さえいればもう何もいらない。
それだけ、当時の自分の中の世界は彼女だけだった。

「でももう、過去のモノになっちゃったんですよね。−−僕だけが、置いていかれちゃいました」

あはは、と小さく笑ったのが自分で分かるほど情けなく、酷く苦い笑い声だった。
−−そう、目を開けば彼女はここにいない。
もうこの世に存在しない。
笑みを浮かべながら涙を流し、別れを告げて鉄格子の向こうで己の腹へと刃を貫いた。
望まぬ命だったとはいえ、まぎれもなく彼女の子でもあった禁忌の命。
どちらも悲惨な末路を辿らせたのは己の負い目だ。
あの時さらわれてしまう前に、もっと早く家に帰っていれば……。
孕まされる前に、早く百眼魔王の城を見つけ出して救い出せていたら……。
−−しかし今更、後悔した所で失った命は戻らないのだ。
この旅に出くわした清一色の件で、大分過去のしがらみを振り切る事は出来たというのに。
今だにこうしてふと、過去を振り返り立ち止まってしまうのだ。

「……進歩がないですよね、僕って」

名を変えても、経過した年月と数々の経験を得て過去を振り切ったと思えても、何処かでは守れなかった存在が頭に焼き付いている。
自分のエゴのために数多の命を奪った事実も、決して消えないのだ。

「−−いーんじゃねぇの。進歩がなくったって」
「でも−−」

悟浄がポツリと呟き、その内容に思わず反論の言葉を返してしまう。
しかし、悟浄は気にしずに再び口を開きだす。

「だってほらお前、器用貧乏なタイプだし」

器用貧乏、馴染み深いその言葉に思わず瞠目する。

「進歩ないって言ってるけど、それはお前が思い込んでるだけで、実はちゃんと前に進んでると思うぜ俺は」
「……そうでしょうか?」
「そうでしょーよ。現に今お前は前に歩いてるジャン」
「それは今、買い物の途中だからですよ」
「違う違う。『猪八戒』として、お前が前に進んでるってコト」
「と言いますと?」
「『猪八戒』としてお前がこうして歩いてるから、華がねぇ野郎だけの旅が今も続いてるんじゃねぇか」

冗談を含ますように悟浄は歯を零した。
すぐ語尾に『まぁ、お前に諭すほど俺は偉かねぇけどな』と付け足して。
悟浄は始めから同情からくる慰めや、安易な励ましを言うつもりなど無かったのだ。

「まぁ出逢った当時は薄幸美人だったのに、今ではすっかり腹黒美人に変貌しちまったけどな」
「悟浄は出逢い当時から今も変わらずのお人よしですけどね」

悟浄なりの気の使い方なのだろう。
ただ悟浄は、事実だけを伝えてくれているのだ。
こんな他人の身の上話を真摯に聞いて、気を使う時点でお人よしだ。
−−本当にこの人は、呆れるほどお人よしだ。
そもそもあの雨の日に、満身創痍だった自分を拾った時点でお人よしさが物語っている。
めんどくさがり屋のクセに、自ら面倒ごとに首を突っ込んで貧乏クジを引いてしまう。
そして悟浄自身から一度関わった者を、自分から見捨てる事が出来ない。
この男も自分と同じく『器用貧乏』だから。

「……そーいやお前のタイプって、確か殺しても死ななそうな女だったな」
「タイプというか、まぁ、そんな感じです」
「じゃあそんな恐ぇ女が見付かるまで、当分は俺様がお前の荷物持ちになるワケね」
「ご理解早くて助かります」

以前に死者が蘇る話題を、とある街中の橋の上で語った事を悟浄は覚えていたようだ。
橋の上で語ったあの時、色褪せた彼女の背中を想った。
守れなかった後悔と、今も自分だけが生きている罪悪感。
そしてもう二度と、大切な人を失う恐怖を味わいたくない。
そう思って悟浄に、想像の中の家庭図を語った。
しかし何処かでは、絶対にそんな未来は訪れないだろうと予測する。
少なくとも今の段階では、まだ誰かの手を掴む幸せに対して罪悪感が拭えない。
それに何より今の自分は、恋愛の道を進む考えには至らない。
何故なら今、自分は満たされているから。
誰かの手を掴む生き方よりも、誰かの隣で歩む生き方に今は満足している。
何よりこんな旅先で恋愛する訳にもいかない。(そこらへんで種蒔きに勤しんでいる悟浄じゃあるまいし)
悟浄の言う通り華がない集団行動だけど、今は悟浄を含めた不良園児達の保育士さんも悪くないと思える。

(でもいつかは……、離れなければならない時がやってくるでしょうね……)

まさかあの時言ったような、本当に二人して40までこのまま独り身だったらまた話は別だが。
今は考えられなくてもこの旅の目的が完遂すれば、いつか別の誰か手を取って悟浄から離れる日が来るのかもしれない。
もしくは悟浄が誰かの手を取って、自分が離れなければならない日もくるかもしれない。
そう考えると、自分達の関係は今にも契れそうに頼りないモノなのかもしれない。
悟浄と肉体関係があっても、お互い同性である以上、それだけでは一緒にいる理由には不十分だ。
もしどちらかが異性だったら、また違っていたのだろうか……。

(……今は、先のことばかり考えても仕方ないですね)

ついつい先々を考えてしまうのは、己の悪い癖だ。
そんな日が来る前に、後悔しないように今はこの男の隣を歩んでいよう。
これが今の『猪八戒』という存在の本心だ。

「しゃーねぇな。俺様って優しいから手が空いてる時限定だな」
「おや、いつもヒマそうに見えますけど?」
「そう見えてマジ多忙よ俺。何せ世の美女達にモテモテで大変だし?」
「ハイハイ。そうですね」
「なんなら今夜、サービスしちゃうけど?」
「口を動かす暇があったら足を動かしてくださいね悟浄。このままだと夜になっても買い出しが終わりませんよ」
「お前の話を聞いてたからこんなに遅くなってるんじゃねぇか」

悟浄の冗談(いや、本気かもしれないが)に、つい自分の事を棚に上げてしまった。
かなりゆっくり歩いていたといえ、一つ前に買い出した店から大分歩いてしまったようだ。
このままでは夜になっても買い出しが終わらないと思い、八戒は悟浄に言われた事を軽く流して早歩き先に歩を進めた。

「て、ちょっ……、歩くの早くねぇ!?」
「悟浄が遅いんですよ。さて、お次は缶詰ですかね。梅肉風味の鯖缶なんてどうです?」
「嫌がらせか!」

一足早く悟浄より前に歩きながら、買い出しの続きを続行した。
こんな風なやり取りを繰り返しながら。

−−花喃、今なら少しだけ分かった気がするよ。
二人で並んで歩みながら、気がつけば僕の方へ視線を向けてくれたあの時。
『なに?』と聞いても『なんでもない』と言って教えてくれなかったあの時、貴女が小さく綻ばせたワケが。

(一緒に隣を歩いてくれる存在が、貴女は嬉しかったんだね)





セピア色が鮮やかになって
(もう少しだけ、このお人よしな人と一緒に歩んでみようと思います)






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たまに何かの出来事に、過去を思いだして感傷に浸ってる8の話。
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