「悟浄、今日が何の日か覚えていますよね?」

−−その優しげに問われた内容は、まるで世界の終わりを告げられた言葉のようだった……。



事の始まりは、本日の宿である二人部屋で起きた。
空き部屋は二人部屋が二つ。
そうなれば当然ペアは三蔵と悟空、悟浄と八戒に別れる。
というか悟浄は余程の事がない限り、八戒との相部屋は譲らないつもりだ。
本日の夕食も食べて満腹感に浸りながら、決まったペアでそれぞれ部屋に戻った後。
悟浄は直ぐに、ベッドへ豪快に腰を下ろした。
己の腹部はすっかり膨らみ、そのまま腹部を撫で回していると。
八戒も、隣のベッドで満足げに腰を落ち着かせているようだった。

そんな中で今夜はジープが可哀相な事に、ペット同伴禁止の宿なのでジープは外だ。
ジープには悪いがそれはつまり、ここは今、ある意味完璧な密室。
そこで二人っきりという悟浄にしたら非常に美味しい状況。
しかも部屋に入ったと同時に、さりげない手つきで内鍵をかける準備周到さ。
さぁ、これで邪魔者による妨害の心配はない。
これから八戒と過ごす夜の計画を念入りに立て、密かに悦に浸っていた悟浄だったが……。

「悟浄、今日が何の日か覚えていますよね?」

と、いう流れで冒頭の台詞になった訳である。
突然降ってきた八戒のその問いは、一瞬にして目先を真っ白にさせる程の効力があった。
そして、いよいよ舞い上がろうとした晴々しい青い空から、その言葉によって突然墜落し、深く暗い奈落の底へと落とされてしまった心情に陥った。

(何の日、だとぉ……?!)

−−……悟浄は思った。
『んなの知るかぁ!』『むしろ俺が今聞きてぇよ!!』と……。
しかし、今、瞬発的にそれらを口にしたが最後。
明日から三蔵御一行は、三人+ジープになってしまいかねない……。(欠員は言わずとも察して欲しい)
それはなんとしてでも避けたいケースだ。

−−……悟浄はさらに思った。
こういう『今日は何の日か覚えてるわよね〜?』と、うざったく聞いてくるのは女だけかと思っていたのに。
まさかこの八戒に聞かれる日がこようとは、誰が想像出来たか……。
美人と比喩して何の違和感もない整った顔立ちとは反対に、実はかなり男気があるこの八戒が……。
女々しく『ナントカ記念日』とか、『ナントカ周年』等を一々覚えていて、己を試そうしている事が今にも信じられない。
……いや、あながち記憶力に長けた八戒の事だ。
些細な事から、覚えられて非常に都合が悪い事まで、バッチリ覚えている八戒には、全く考えられない事はない。

「……悟浄?」
「あ、あぁ……、アレの日だろ? モチロン俺様がアレの日を忘れる訳ねぇだろうが!」
「えぇ、そうです。アレの日です。−−じゃあ、アレって何です?」

−−悟浄は今こそ自分の口にした言葉を、後悔した事はなかった。
もしかするとこの時点で、素直に謝り、分からないと正直に言えば何とかなったかもしれないのに。
地獄の上から、好意で天国から吊された蜘蛛の糸を、『余計なお世話だっつーの』と言って、引っ張り契って台無しにした気分だ。

……、とりあえずここで現状を整理したい。
八戒は『今日は何日か覚えていますよね?』とわざわざ今聞いてきている。
言葉通りに捉えると、『悟浄は知ってるはず。だからあえて尋ねてみた』なはずだ。
つまり忘れているだけで、絶対に知っているはずの日であるのは間違いない。
ここまで整理出来たが、やはりいくら頭をフル回転させて記憶を辿っても、悟浄はさっぱり分からない。


−−ここで考えられるのは二つ。
博識の八戒の事だ。
もしかしたら今日という日は、興味本位で日付数日の語呂合わせを、クイズにしているのかもしれない。
例えば『目の日』とか、『猫の日』とかだ。
多分、月日を見れば明らかにこの日だと分かる日。
しかし、生憎旅をしている身になると、日にち曜日感覚がかなり麻痺している。
そのため襲ってくる妖怪の撃退時を除くと、悟浄の中では毎日が日曜日、休日だ。(毎日が日曜日なのは家に出る前からだが)
だから八戒のようにマメに日付を一々気にしないので、今日が何月何日かすら全く検討が付かないのだ。
それでも、例え解らず何も答えられなかったり、間違った答えを口にした所で何の問題はないはず。
ただの笑い話で終わるだけだ。

しかし問題はもう一つ、それも一番恐れている最悪のケースだ。
先程も言ったように八戒は記憶力に長けている。
そう……、どんな些細な事も。
その記憶力はこの一行にとって重要かつ、あの三蔵すら口にはしていないが、かなり重宝されているほどである。
しかし、こんな時には切実に活躍して欲しくないのが、密かに秘められた心情だ。
この最悪なケースが当て嵌まってしまい、無回答及び、悪戯にふざけた回答すれば、タダで済まされるとは虫が良すぎる話。
何故なら、先程から八戒はニコニコとしつつ、一度も悟浄から顔を逸らさず、答えを待っている。
口に出さずとも悟浄から出る答えに、かなり期待しているのだ。

悟浄は八戒に気付かれないように、生唾をゴクリと飲み込む。
恐らく、チャンスは一回だけ……。
しかも外せば、失望と冷水のような怒りによって、己の明日が危うい危機的状況。
旅に出る前はギャンブルで生計を立て、今では行く先々の賭博場に足を運び、ほぼ全戦全勝を勝ち取れる悟浄。
当然ながらギャンブルには自信がある。(八戒にはほぼ全戦全敗だが)
−−しかし、そんな数々のギャンブル経験豊富な強者の悟浄ですらも、今までの人生の中で一番きつい賭けになかなか出れない。
之ほどハイリスク、ノーリターンな賭けは味わった事はない。

(でも、考えれば考える程、分かんねぇつーの!)

答えが解らず言葉を詰まらせている間にも、時間は容赦なく過ぎていく。
八戒に気付かれないように出来るだけ部屋の中を、ありとあらゆる全てを目に入れ、今日という謎の日の情報を仕入れようとするが。
まるで、意図的に取り上げたとしか思えない程、部屋には日付が印されたカレンダー等が全くない事に気付いた。
もしかして『八戒と宿主とグルになって、俺を陥れようとしているのか?』と邪推してしまいそうだ。
もしくは、コレはドッキリなのか?
なら、もう十分今でもドッキリになっているから、そろそろ勘弁してほしい。
おかげで秋の夜は冷えるはずなのに、背中は汗でびっしょりだ。
そしてなにより、心臓が潰れる前に早くドッキリと言って欲しい。
……しかし、無慈悲にも、そんな気配は全くない様子。
もうコレのせいで、しばらく人間不信になったらどうしてくれるんだ。

−−唯一時間を示す針時計だけが、無駄に大きく響いてうっとしい。

「もしかして、忘れちゃってます?」

その言葉に悟浄は、とうとう崖っぷちへと追い詰められてしまった。
こめかみから頬に流れる大粒の汗により、外気に触れて悪寒が走り。
今にも契れてしまう細い糸のような緊張感から、相手に伝わるんじゃないかと危惧する程、うるさく己の心の臓が鳴り響き。
−−そして、刻々と迫る回答への焦り、苛立ちが悟浄の精神を確実に蝕んでいく……。

そんな中思ったのは、今この場所と状況が、あまりにも己に不利である事だ。
『密室で八戒と二人っきり』これだけ聞けば、凄く響きが良いはずなのに。
この追い詰められた状況での『密室で八戒と二人っきり』では、かなり危険だ。
いつ『ナントカ事件』が起きてもなんの不自然もない。
このままでは明日の朝刊の見出しは、その『ナントカ事件』に決まってしまう。

(そもそも誰だよっ!? 二人部屋が良いって余計な事言ったヤツは!?)

そう、もしもこれが四人部屋で起きていたら……。
こんな事を聞かれても悟空辺りに絡んで、適当に何とか切り抜けられたかもしれなかったのに。
頭の中で少し前の出来事を巻き戻して、言い出した真犯人を突き止めようとしている。
今更見苦しく元凶を探し出した所で、現状が変わる訳でもないのに……。
それでも悟浄はこの状況に耐え兼ねて、誰かに責任転嫁をし、この窮地の場から現実逃避を繰り広げようとしているが。

(−−って、俺じゃねえーかよっ!)

そう……、残念ながら二人部屋で、八戒をペアに選んだのは紛れもなく、この悟浄だ。
下心で選んだ選択が、まさかこのような道を辿るとは……。
更に追い撃ちをかければ、内鍵を自らの手で掛け、逃げ道を閉ざしてしまったのも紛れもなく悟浄だ。

現実逃避したつもりが、ますます自らを窮地に追い詰めてしまい、もう誰のせいにすることも、現実逃避をする道すらも、許されなくなったのだ……。
とうとう己の頭を掴んで本格的に頭を悩ませてしまった悟浄。
−−因みにこれらの悟浄の心理状況は、3秒にも満たない極単時間で行われているモノである。
そんな無言の苦悩を体で表す悟浄を見て、八戒は何を思ったか分からないが、意外にも明るい声をが掛けてくる。

「何だか一人で楽しそうにしているトコロを悪いんですけど、今日は悟浄の誕生日じゃないですか」
「へ……?」

頭を悩ましている間に、いつの間にかベッドから立ち上がっていたようだ。
悟浄は八戒に向けて、今だにポカンと口を開けたまま。

「まぁ、旅をしていると野宿も多いですし、カレンダーなんか見てる機会がないから、月日感覚が麻痺しちゃいますもんね。−−って、どうしたんです? 何だかぐったりと疲れたみたいになってますけど」

緊迫感と緊張感から一瞬で解放された悟浄は、その場で膝を折って顔を沈ませていた。
八戒が口にした通り、過度の疲労感を身体で表しているかのように。
いつも重力に負けず撥ね上がる二本の触覚……、いや、クセ毛は心無しか力を失って萎れていた。
そんな悟浄に、訳が分からず首を傾げる八戒だが。
さほど気にするそぶりもなく、八戒は祝いに、シンプルなデザインのジッポライターを生誕の贈り物として渡し出した。
だが、そんな嬉しいはずの出来事にも関わらず。
悟浄は普段使いたくもない頭を酷使してしまった為に、素直に喜べるまでに時間がかなり掛かった……。






一人で勝手に自滅して、
(何が悲しくて誕生日に、こんなけ疲れなきゃならねぇんだよ……!)







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パピバ☆悟浄!
たまに悟浄はこんな感じで、八戒の何気ない言葉に身構え過ぎて疲れるといいよ!

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