西の旅の途中に着いた市街地で、宿泊することになった三蔵一行は、目についた適当な宿を宿泊場所として決める。
そして、日が沈んだ頃に宿の食堂で夕食を三人で食べていた。

「にしてもさぁ、悟浄のヤツひっでぇよな! 今日は八戒の誕生日だってのに、宿決まって早々どっか行って今だに帰ってこないんだぜ?」

今日も食欲を全開にして、行儀悪く食べながらモノを話す悟空の言った通り、今は悟浄を除いた三人だけでテーブルをはさんで食事をしている。
あ、今日も三蔵のハリセン捌きは健在のようだ。

「モノ食べながら喋るな」
「三蔵っ、いってぇじゃんかよ!」
「うるさい、食うか喋るかどっちかにしろ、このバカ猿っ!」

本日二回目のハリセン捌きは華麗に悟空の頭に命中。
今は三蔵の方が明かに騒音妨害な気がするが、八戒はあえてツッコミを入れずただ苦笑いを浮かべた。
そんな中、あまり進まない箸を持ったまま、この場にいない悟浄の事を思い耽る。

先程悟空が言ったように、宿泊先が決まった直後に悟浄はふらりと何処かへ行ってしまったのだ。
普段、町に着いたら物質補給の買い物に行く八戒に、悟空や悟浄も荷物持ち係という名目で同行してくれていた。
しかし今回、悟浄は行き先を言わず背を向け、さっさと市街へと赴きに行って以来、今だに戻っていない。
恐らく、それなりに大きな市街だから酒場や賭博場などといった悟浄の気を引き付ける場所に足を運んで、今頃華を咲かせているのだろう。

(最近野宿が多かったから、女性の尻ばかりを追いかけてもいそうですねぇ)

旅をする前から好色家の悟浄の事だ、十分に有り得る。

(ま、別にいいんですけどね)

悟浄が何処で何をしようと、深く追求出来るような関係ではないのだから。

二人は身体の関係は確かにあるけれど、愛を囁やくような甘ったるい戯れは一切なく、この関係を恋人という関係と結びつけるにはあまりにもドライな気がして。
別に今の関係に不満があるわけではない。
ただ、例えば今のように考えていると、たまに自分達の関係は一体何なんだろうと、頭を過ぎらせてしまうのだ。

「八戒?」
「−−えっ、何ですか?」
「何って、八戒さっきから黙ってて、全然食べてないじゃん」

大きめな金色の双眸を箸が進んでいない八戒に向け、首を傾げる悟空。
ふとテーブルに意識を向けると、皿に残された食事の全てが八戒の分だけだった。
食欲がないワケではないが、やはり食が思うように進まない状態だった。

「良かったら食べますか、悟空?」
「えっ、いいの?」
「ええ、かまいませんよ」

どうぞと言って八戒は自分の取り分を悟空に渡し、目を輝かせて箸を付けると、あっという間に悟空の口の中に収まっていった。
食欲旺盛な悟空に微笑ましく見ていると、向かい側から向けられた三蔵の視線に気が付いた。

「三蔵?」
「飯食わねぇのはお前の自由だが、てめぇの私情を挟んでいざという時に空腹でぶっ倒れ、足手まといになる不様なマネだけはしてくれるなよ?」
「ええ、自分の体調管理ぐらい出来てますから大丈夫ですよ」

どうだか、とフンと鼻を鳴らす三蔵だが、直ぐにまた行儀悪い悟空に視線を戻して、華麗なハリセン捌きを食らわしていた。









(悟浄、帰ってきませんねぇ……)

ツインで取った部屋で、今だにシワが着いていない片方のベッドを見つめる。
既に宿のベッドに横たってそのまま横目で時計を見れば、もう直ぐに翌日になる時間になっていた。
誕生日は確かに本日迎えたが、だからといって何かが変わるワケでもない。
それでもあの後に、悟空からのサプライズでささやかなプレゼントは嬉しかった。(因みにワンホールのケーキで八分の一切れだけを貰って、残り全部は悟空が食べたが)
そして、三蔵は相変わらずのぶっきらぼうな様子だったが、食事が終わっても、その場に居座っていたので、彼なりに気を使っていたのかもしれない。(ポジティブに考え過ぎかもしれないが)
八戒本人すら実は忘れていた誕生日を、二人なりに祝ってくれただけで満足なのにも関わらず。
たった一人。
悟浄がいないだけで、何処か空虚感を残すばかりだ。

今まで何回か、悟浄と共に過ごした誕生日全てに、祝いの言葉や贈り物を貰った事はない。
西の旅の最中には、悟空と一緒にノリで一度だけはあったが、悟浄自身が『誕生日』を話題にする事は決してなかった。

けれど八戒の誕生日を迎えると、悟浄は必ず八戒の側を離れようとしなかった。
同居の時、雨の日以外ほとんど夜は出歩く悟浄が、誕生日の日だけは外出を控えていた。
恐らく八戒の誕生日は同時に、亡き最愛の人の誕生日でもある為に、八戒が情緒不安定になりかねないと、悟浄が懸念したからかもしれない。
悟浄は軽薄で浮薄な上に、天の邪で軽口が堪えない為に誤解されがちだが、実は人情が溢れ、誰より人の痛みに敏感に感じる取る感受性が高い一面がある。
今までそういった悟浄のさりげない行動に、救われてきただろうか。
それなのにいつの間にか、それが当たり前に何処かで思うようになってた。

(そして何処かで、側に居てくれるだけで……、それだけで良いと思っていた)

それは自分の中で潜む願望に近い。
しかし、側にいてくれるだけで良いなんて、なんて欺瞞で自分勝手な願望なのだろうか。
その願望を口にしたところで悟浄が聞き入れてくれる訳がないのに。

「あ〜あ、すっかり女々しくなりましたね……」

誰もいない事を良い事に、独り言を呟く。
その独り言さえも自分しかいない室内では、当然返事が返ってくるはずもなく、虚しく消えていくだけ。

こうして夜遅くまで悟浄の帰りを待っていると、ふと、まだお互いにぎこちなさを感じさせた同居し始めの頃を思い出す。
あの時はお互いの距離が掴めずに、悟浄は極端に八戒を避け、八戒もそんな悟浄を察して干渉や関与もしなかった時だ。
一度は悟浄との別離を考えたが、色々あってお人柄で人が良すぎる悟浄を見ていられず、結局また悟浄の元に同居する事になった。
よく悟浄は『ほっておいたら何仕出かすか分からないから、気になってしょうがない』なんて八戒に言うが、八戒も同じ気持ちで『この人を一人で放置するとロクな事が起きないから、ほってはおけない』のだ。

あれから、西への旅を始めて悟浄の夜遊びをする機会が圧倒的に減ってはいるものの、着いた町で好みの女性に声をかけたり、野宿する日が続いてやっと町に到着した時は、必ず夜の町を出歩いていた。
今までその事に関して、不満を感じた事はない。
悟浄の女癖の悪さは出逢った時から知っていたし、知らない女性と関係を持つ事に対して、特に何も思わなかった。

しかし、それは最終的に自分の元へ悟浄が戻ってくる安心感と、優越感の様なモノを何処かで感じていたから。
だから、悟浄が何処へ誰と何をしていようと、何も感じなかったのだ。

−−しかし、今こうして悟浄の事ばかり頭から離れない現状。
という事は、少なからず何か引っ掛かるトコロがあるからだ。

(……悟浄って、僕のコトをどう思ってくれてるんでしょうね)

仰向けから寝返りをうって横に身体を倒し、今もシワ一つない片方のベッドに視界を移す。
同性同士だが、二人は既に一線の越えた関係である。
勿論それは無理強いとかでなく、いつの間にか始まった合意の上での関係であり、今現在も続いている。
けれど、今まで甘い言葉、つまり好意を向けた言葉を受けた事が一度もない。
普通、常識を考えて順番的には逆だ。
片方が想いを打ち明けて、お互い想い合っていれば結ばれて、自然と甘い関係になるだろう。
しかし、それはあくまでも男女間での話である。
今まで悟浄以外の同性と関係を持った事がない(持ちたくもないが)ので、比較対象は無いが、同性の、しかも男同士になればまた違ってくるのかもしれない。
それでも、やはりハッキリしてほしいのが内心に潜む気持ちだ。
好色家の悟浄が、わざわざ男の八戒を抱く理由を。
それは好意を意味するのか、ただの気まぐれだからなのか……。

(なんだか、僕が勝手に悟浄に片想いをしているみたいですね)

自分の胸の内に聞き糺せば、悟浄に対する気持ちが好意なのかどうかはよく分からずにいる。
好意を抜きにして考えれば、性格は真逆だが気は合う友といった感じだろう。(だが、悟浄は何故か『友』という言葉を好まずにいるから、口にはしたことはない)
もしくは手の掛かる大きな子供の面倒をみる親の気分。
あるいは腐れ縁と言うには、余りにも業が深過ぎる関係にも感じさせられる。

今一つハッキリしない感情だが、少なくとも悟浄との情事は決して嫌いでは事だけは分かっている。(悟浄が調子に乗って数回に渡ってされる時は、腰痛に苦しめられるが)
寧ろ元々体温が低い自分に、温かな体温を持つ悟浄の体温はひどく心地好い。
男として屈辱的に受け入れる側。
だけど、不思議と嫌悪感がなく、今まで悟浄を受け入られた。
これから先、男を相手にするのは後にも先にも悟浄だけだろう。

もしかしたら今回の誕生日の件についても、たまたま悟浄が忘れているだけかもしれない。
一々八戒の誕生日を覚えているのが当たり前な、親密な関係性ではないのだ。
だからいい加減、期待感を求めるのはやめにした方が良い。
自分にも、そして悟浄にも、その期待感は重荷になるだけだ。

(……もう、寝よう)

明日も出発時間は早い。
ただでさえ食が細かった上に、寝不足も重なってしまったら、本当に先程の三蔵の言う通りに、一行の足手まといになりかねない。
それだけは何がなんでも御免だ。
身体に被せた毛布を深くかけ直し、眠りに着こうとした時。
静まった室内からでも伝わる、廊下からの足音。
もしも足音の元が悟浄なら……。
今は何となく顔を合わせたくない気持ちだったので、八戒はドアに背を向けるように横向けにして、眠ったフリをする事にした。そして。

「…………」

ドアが開く音と同時に、入ってきた気配、見てもいないのにその存在が悟浄と分かってしまう。

「−−八戒?」

珍しく控えめに呼ぶ聞き慣れた低い声。
その声だけで瞼の裏が熱くなる感覚に陥り、内心そんな己を叱咤する。

「−−−−−」

悟浄は黙って八戒の眠る姿を見下ろす視線とその場にいる気配は、閉じた視界でも感じとれる。
しかし、今、悟浄がどんな表情をしているか分からない。
その場から動けない環境というのは、流れる時間が恐ろしいほど遅く、非常に長くも感じさせる。
こんな事になるのだったら、同室の悟浄には悪いが鍵をかけた方が良かったのかもしれない。
そしてようやく、悟浄が動き出す様子が感じ取れたが。

「−−−−っ」

突然、大きな手の感触が肩に触れたのも束の間。
肩を捕まれ、少々乱暴に仰向けに向けられてから、ベッドに身を乗り出て安っぽいスプリング音がギシギシと鳴ると同時に、唇の感触がふと降りてきた。

「……、……っ」

少しかさついた唇は啄むように重ね合わせ、時に角度を変えて八戒の閉じた唇をこじ開けようとしている。
眠っている状況を忘れて、このまま悟浄に触れたい欲求が襲ってくる。
しかしそうすれば、今まで狸寝入りしていた事がバレてしまうため、それが出来ない葛藤を感じながらも、悟浄は飽きもしずに触れるだけの口付けを続けている。

「……、っ、ンっ」

触れる度に伝わるリップノイズが聴覚を、悟浄の息づかいからハイライト等の匂いが臭覚として直接伝わってくる。
閉じた視界によって、普段以上に神経が過敏になっているようだ。
こちらが意識をしなくても、日々悟浄の手に敏感に変えられた身体は自然に悟浄を受け入れてしまい、唇を開けて、舌の侵入を許してしまう。
そして、開けた唇から、まるで待ってましたとばかりに性急に絡みつく舌に、不意に声が出る。

「ん、ふ……ッ、ンンッ!」

先程の緩やかなモノから打って変わって、呼吸を奪われる激しい口付けに息苦しさを感じ、のしかかる身体を押し上げる。
しかし、ただでさえ力のある悟浄に乗っかけられている不利な状態からは、押し上げる事は出来ず。
八戒の手が段々力を抜き、肩に触れてきただけを良い事に、悟浄は益々激しい口づけを繰り返してくる。

「もっ、ヤメっ、……ぁ、ふッ」

奥に逃げ混んだ舌を無理矢理絡められ、散々に吸い付かれた後、口内を舐めて頬の裏を舌でペタペタと叩き、わざと卑猥な音を立てるように悟浄は口付けを施してくる。
そんな深い口付けでも僅かに出来た唇の隙間から、制止の言葉をかけても悟浄は止める気配が全くない。
寧ろ嫌がる八戒を愉しげに、進んで性質が悪い意地悪をしてくる。
こんな悟浄の状態の時は、抵抗すると益々エスカレートしていく事が常日頃の情事で分かっているので、息苦しさを感じながら悟浄が満足するのを待ち続ける事にした。

そして漸く唇が離れ、今まで閉じていた瞳を開ければ予想通り、意地悪な笑みでこちらを見下ろす悟浄。
離れた唇からは、どれだけ長い口付けをしてきたか、嫌という程知らしめられる。
舌先同士に繋がった細い銀の糸が卑猥に感じて、咄嗟に首を横に反らした。

「なんて、起こし、方するんですか……っ」
「眠った美人を起こす方法といえば、コレしかないデショ?」

乱れた呼吸を整えながら、悟浄を見上げて話す八戒とは対照的に、こういう場に慣れている悟浄。
男臭く歯をこぼして笑う表情を見ると、やはり余裕感を感じさせる。
悟浄がお互いの唾液で濡れた唇を己の親指で軽く拭う仕草に目が釘付けにされる中。
見下ろす際に紅の長髪が顔元に掠め、髪の色に負けない程、情熱的に見つめられる紅の双眸に心身共に捕われた感覚に陥ってしまう。

「なぁ、八戒」

そんな時、上から名を呼んだ悟浄は急に精悍な表情に変えて、再び口を開く。

「誕生日、おめでとさん」
「……え?」
「今日、おめぇの誕生日だろうが」
「え、あ、それは知ってますけど……」

降り懸かった言葉が一瞬理解出来ずに言葉を詰まらせてしまうが、そんな八戒に悟浄はさらに言葉を継ぎ足して、漸く理解が出来た。
てっきり忘れていたのかと思っていたが、悟浄はやはり覚えていたのだ、八戒の誕生日を。

「−−覚えていてくれていたんですね」
「まあな」

実は先程の口付けから酒や、微かに女性モノの香水の匂いがしたので、今まで悟浄が何処で何をしていたか気にならないといえば嘘になる。
しかし、今はそれよりもこうして誕生日を覚えていてくれた上に、初めて言われた『おめでとう』の言葉が何よりも嬉しい。
嬉しいのに上手く表情に現れずにいるのが、じれったくて仕方がない。

そんな八戒を尻目に、今だに身を乗り出している悟浄は突然に、互いの双眸をしか見えない程に顔を急接近してきた。

「今日は俺なりにお前の誕生日を祝ってやるよ、一応な」

予告がない急接近に目を見開いてしまった八戒を見て、まるで悪戯に成功した子供のような笑み。
紅の双眸と、最後に付け足された素直じゃない言葉が悟浄らしさを感じさせ、漸く自分らしい破顔の表情を向ける事が出来る。
しかし、先程から悟浄の好き勝手にされている事が少々腑に落ちず、こちらも意地悪なら意地悪で対抗を試みる。

「もう、僕の誕生日は終わろうとしているのに?」

室内に置かれた時計はあと数分で本日を終え、翌日になる時刻になりかけていた。

「−−、そんな細けーコトは気にしない、気にしない」

一瞬視線だけを時計に向け、言葉を詰まらせた悟浄だが、先程の口づけで勢いは止まらず、事を運ぼうと八戒から離れる様子はなかった。

(まあ、正直に言って、今止められても困りますけどね)

あれだけ性急で、情熱的な口付けを散々交わされたのだ。
今まで悟浄の手によって、敏感に変えられた身体が疼かない訳がない。

「では、悟浄なりの誕生日プレゼントを受け取らせて頂きましょうか」
「おう、俺様スペシャルを献上してやるよ、八戒」

『覚悟しとけよ?』とカフスが光る耳元に唇を滑らせ、低く囁かれる甘美に、身を震わしながら歓喜に満ちた、ため息を漏らす。

「それは楽しみです。ですが、明日の事も考えて加減してくださいね?」
「へーい」

悟浄は生返事を口にしながら、白い頬に唇を落とし、八戒の衣服を器用にも脱がしにかかっている間。
八戒は己の腕を紅の長髪ごと首に巻き付け、悟浄の誕生日プレゼントを受け取ったのだった。





おめでとうの言葉だけ
(たったそれだけなのに、かなり満足している自分がいます)







--------
文の出来は置いといて←
おめでとうの気持ちだけは詰め込みました!
という訳で…、八戒さん、誕生日おめでとう!
確かに恋だった
↑タイトルはここからお借りしました。


戻る>>





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -