昼過ぎに本日の宿泊先が決まった直後。
八戒に声をかけられる前に、その場から離れたのだが。

「さ〜て……、どうすっか……」

火を点したハイライトを口にくわえて、悟浄は独り言を呟いた。
人が集って賑わう市街の道を歩いてはいるが、実は目的地がない。
それでも道を歩むにはモチロン理由が存在し、その理由は今日が『八戒の誕生日』だからだ。

毎年、八戒の誕生日だからといって特別何かをしたり、物を渡したりする事はなかった。
同居して初めて八戒の誕生日を迎えた時も、特に何もしていない。
何故なら八戒にとって、誕生日もやはりタブーになりがちだから、一切口にしたことはなかった。。
恋人であり、同時に生まれ落ちた半身の姉の誕生日であるこの9月21日。
本人は隠しているようだが、この日を迎えると八戒はいつも何処か朦朧と見えた。
それは、雨の日によくなる情緒不安定に近い状態。
まだ本人にはちゃんと意思を保っているが、とてもじゃないが、見ていて痛々しさを感じざるえなかった。
その頃からだ。
八戒の誕生日には一切触れない代わりに、ただ奴の近くにいるようになったのは。
それを毎年繰り返していたのに、今年に限って八戒から離れたのは今日に贈る品を物色するためだ。
今やろうとしている行動は、触れない様にしてきたことなのに、わざわざするのは理由がある。

それは、八戒も誕生日を話題にされたくない悟浄を気遣いの現れなのか、あまり必要以上に会話をしようとしない。
もっと言えば、八戒から悟浄に関与しなくなるのだ。
最初の頃、誕生日には昔からあまり良い思い出がなかった悟浄にとって、その八戒の気遣いは非常にありがたかった。
しかし、同時に何処かいたたまれなくもなった。
そして、ふと考えてみれば、毎年どちらかの誕生日になると、お互いに暗黙の了解で気を使っていると気付く。
八戒の本当の真偽は分からないが、少なくとも悟浄自身は無意識にそうなっていた。
自分はいいが、八戒にまで変な気を使わせたくないからだ。
しかし、こちらから言った所で八戒が直ぐに止めるような簡単な問題ではない。
だから今年はこちらから先に『誕生日』を口にして、暗黙の了解を消す為にこの日に贈る品を探しているのだ。

しかし、正直にいえば他人に何かを渡す行為自体、かなりの冒険だ。
これが女への贈り物ならまだしも、男でしかもあの八戒に渡す物なら尚更。

(女の誕生日とかだったら、スゲー簡単なのによ)

口説いた女がたまたまその日に誕生日だとしたら。
如何にも女が喜びそうな貴金属や香水を、買わされたりするだろうが、それでそれなりに甘い時間が過ごせたら、ちょろいもんだとほくそ笑んだモノだ。

思えば幼少の時。
継母に少しでも笑って欲しくて、贈った紅の花を払われた幼さなき頃のトラウマ。
それはいつも無駄に終わると頭では分かっているのに、実は愛されたくて同じ事を繰り返す哀れな子供。
その子供のせいで、継母は死に、兄には母殺しを背負わせてしまった。
成長するにつれ、そこまで愛情を求めていた己が滑稽に感じ、こちらから追い求める事を捨て続けたきた。
女と夜を明かして一時期的に潤っても、寝てその場限りの温もりだけでは満足感は得られず、いつも中身は渇望していた気がした。
賭博に窃盗、金が無いときは女のヒモになって夜を凌ぐ。
そんな堕落生活を過ごしていた時に、あの雨の日に血まみれになっていた八戒と出逢い生活は一辺した。(出逢ったというより拾ったという表現が合ってるかもしれないが)

しかし、そんな幼少の頃に。
唯一自分の誕生日を祝ってくれた兄の事を今でも覚えている。
というのも誕生日を迎える度に、継母が見てない所で乱暴に髪を撫で回され、歯をこぼして『おめでとさん』と言った言葉だけを寄越した。
けど、言葉だけでも、誰かが自分の誕生日を覚えていて、それを言葉にして祝ってくれる。
それだけでも、当時の自分は嬉しかったのだろうに、素直になれずいつもそっぽ向いて『うるせぇ』と悪態をつく事しかできなかった。
本当に、昔の古い記憶だ、思い出せば酷く青臭く色褪せた記憶だ。
兄弟揃って、何似たような事をしているのかと、ふっ、と少し口角を上げた。

−−さて、話が逸れた。
本題に戻そう。

(八戒が欲しそうなモノ、ねぇ……)

−−本は?
暇さえ出来れば本を読んでいる読書家の八戒には無難な選択だが、本にも色々ジャンルがあるため、どのジャンルの本が良いかが悩みモノだ。

(俺だったら間違いなく、本といえばエロ本になるな)

そんなモノを渡した日には、あの見惚れる程の笑みを向けながら『誕生日にわざわざエロ本を選んで下さって、本当にどうもありがとうございます、悟浄』と、不気味なくらいにゆっくりとした丁寧な敬語で返されそうだ。
気を取り直して、今度は違うモノを検討する。

−−無難に、花かケーキは?
たとえ本人が花を贈って喜んでも、旅をしている以上、花は荷物になる為却下だ。
甘いモノは苦手だが、八戒にあげるなら大丈夫だろうが、脳みそ胃袋猿、もとい悟空に見付かれば先に食べられてしまいそうだからこれも却下。

−−装飾品は?
一度検討してみたが、よくよく考えてみれば、誕生日に装飾品を贈るなんて、如何にも浅はかで狙った感じが滲み出てるので却下。

−−もういっそうの事、俺がプレゼントでーす、て言って、オマケに大人の玩具付きで甘い一夜を過ごすとかは?

……そんな行動をとった日には部屋に入れて貰えず、一人寂しく部屋の前の廊下で寝るハメになる事間違いなし。
それだけならまだいい。
最悪の場合、あの綺麗な顔にさらに磨きをかけた笑みを向けられたが最後、気孔を喰らわされてこの世から消え去りそうだ。
……想像するだけで背筋が凍りそうなので、とりあえず違う事を考える悟浄だった。

(やっぱ、また無難に酒だな)

あの、人が良く清列な印象を持つ八戒だが、実は一行の中での1番の酒豪であり、度が強い酒をよく好んで飲む。
この町のそれなりの値段の地酒でも手に入れ、持ち帰って飲んだそのまま良い雰囲気になれば、誕生日を祝うシチュエーションとしては上出来だろう。

そうと決まれば、ヤル事は一つ。軽い資金稼ぎだ。
旅の買い物は三蔵が持つカードで会計されているが、そんな物は勿論所有している訳がない。
完璧の自腹だ。
しかも、現在の所持金は一文無しに近い金銭。
なら、することは一つ。
賭博場が賑わう時間帯、つまり日が暮れる時を見計らう事だ。
そして、旅に出る前はギャンブルで生計を立てていた悟浄には、賭博で稼ぐ事は至極簡単な事だ。
適当に資金稼ぎをした後に、酒場で地酒を手に入れればいいだけだ。

悟浄は自分が立てた完璧(?)な計画を実行するためには、賭博場は夜が繁盛期なので、日が暮れるまでは特にする事もない。
なので、それまで適当に目に入った好みの女に声をかけ、悟浄は日が暮れるまでの暇潰しを楽しむ事にしたのだった。










後頭部を乱暴にガリガリと掻きながら浮かない表情で、悟浄は夜道の中、宿泊先に向けて足を進める。
浮かない表情の理由は、完璧に思っていた(悟浄はそう思っている)計画が崩れ、手ぶらで帰るハメになってしまったからだ。

(調子に乗りすぎた……)

先程いた賭博場の経緯を思い出しながら、悟浄は思わずその場で舌打ちをしてしまう。
賭博での成果は極めて順調だった。
寧ろツキが回り過ぎて、その時点で酒を買うには十分の資金は溜まっていたのに、人間は有り余った金があれば余計な欲を自然にかいてしまう。
悟浄が正にそれだった。
有り余った金でその場にある酒を飲み、女を侍らせ、正に男としての華を咲かせていたら、酔い潰れる寸前で稼いだ資金は底につき、当然酒を買う金もなく、ついでに女に愛想をつかれるいう踏んだり蹴ったりになってしまったのだ。
日付が変わらない内に八戒がいる宿に戻りたくて、ぐだくだと未練たらしく自分がした愚行を棚に上げて考えている内に、宿泊先の前にたどり着いた。

結局手持ち無沙汰になってしまったが、とりあえず八戒と同室の部屋に戻ってから後の事を考えればいいのだから、悟浄は深夜に控えめ照らされる宿の明かりを頼りに、その場に入る。

静まった薄暗い廊下が少々不気味に思いながら、最初に案内された部屋のドアを開ける。
あの警戒心が強い八戒らしからず、カギをかけずにいるなんて中々不用心な事をしてくれる。
しかし、普通に考えればカギをかけれてしまえば、悟浄が部屋に入れなくなるのだから、当たり前と言えば当たり前だが。
そんな八戒はというと、ドア側に背を向け横向けになってベッドに横になっていた。

(もしかして、俺を待っててくれてたっ、てか?)

ふと、そんな小さな期待感を抱き、試しにこちらから名を呼んでみる。

「八戒……?」

しかし、返事はなく、その場は静まり変える。

「−−−−」

小さな期待感は裏切られただが、悟浄は対して気にしずに、そのままベッドの前までほぼ垂直に細い身体を見下ろす。

(こいつって、俺のコトどう想ってくれちゃってるワケ?)

一線は越えてしまった関係だが、互いに気持ちを言葉にした事はない。
そんな下手をすれば、身体目当てと言われても仕方がない関係でも、今までいられたのは気が合い、お互いに束縛しずに、必要以上に相手に関与しなかったかもしれない。
女と夜を共にしても、何処か渇望ばかりしていたのに、八戒といるときは不思議とそれを感じなくなった。

(起きてるクセに、寝たふりなんかしちゃって)

まるで悟浄を目に入れたくないとばかり背を向け、ベッドに眠る八戒。
用心深いせいが眠りが浅い八戒が、すぐ側にいる悟浄の気配に眠っているせいで気付かないわけがない。
八戒がこうしてわざとタヌキ寝入りをする理由は分からないが、それならそれで悟浄もそれなりに行動させてもらう、と八戒が見ていない事を良い事にほくそ笑む。

「−−−−」

細い肩を掴み仰向けにして、素早く逃げられないように八戒の身に乗り出す。
その際に寝台から安っぽいスプリング音がギシギシと悲鳴を上げたが、気にしない。
今だにあの青緑の双眸を開ける様子がない八戒に、意地悪な加虐心に火がついた悟浄は徐に閉じた唇を重ね落とした。

啄みながら閉じた唇に角度を変えながら、唇が開かれるのを待つ。
辛抱強い八戒だから、快感に流されず中々悟浄を受け入れようしないが、こちらも辛抱強く、丹念に口付けを施す。

「……、っ、ンっ」

啄む時に吸い付いてわざと大きくリップノイズ音を出し、ねっとりと唇を舐め回すと漸く声が聞けたが、それは甘いモノではなくてどちらかというと呻き声に近い。
それでも、大人しく横になっていた八戒から身を震わし、僅かに漏れる息は甘さを感じされる。
漸く開けた八戒の口内を遠慮なく舌を入れ込んだと同時に、乗しかかる悟浄の身体を押し上げようと抵抗を始めた八戒だが、それは普段よりも頼りない抵抗だった。
しかし例え八戒がまともに抵抗しても、力だけなら悟浄の方が有利。
押し倒されている不利な身では、まず敵わないだろう。

「ん、ふ……ッ、ンンッ!」

悟浄を退かせられないならせめて顔を反らして、少しでも酸素を取り入れたい八戒だが、悟浄はそれを許さずに重ね合う唇から僅かな隙間も作らせないように、深く唇を噛み付く。
今まで己の手によって敏感に開発してきた八戒の身体が、素直な反応をする事に悟浄は気を良くしたのか、更に意地悪はエスカレートさせる。
奥に潜めた舌を無理矢理絡め、存分に吸い付いた後に、わざと舌で音を立てるように口内を舐めて頬の裏を舌でペタペタ叩く。
すると、下敷きにされた身体は面白い位に身震いし、も先程の呻きではなく、明かに甘美に近い声を上げている。

「もっ、ヤメっ、……ぁ、ふッ」

普段の丁寧で凛とした八戒が、今は僅かに開いた唇から制止をかける余裕のない声は酷く加虐性を誘う。
そして、余計な事を言う口を深く塞いだ。
そしてしばらく充分に八戒の口内の味を堪能した後、唇から離れた。
今までの口付けに羞恥を感じたのか、薄く頬を上気させ、顔を横に反らし出した八戒。
そんな様子が凄く、ほほえましく口角が自然に上がってしまう。

「なんて、起こし、方するんですか……っ」
「眠った美人を起こす方法といえば、コレしかないデショ?」

いつも巧みな話術と微笑みに隠された黒々しい影のせいで、八戒に頭があがらない悟浄だが。
しかし、こういう時だけ、場慣れしている悟浄が唯一、八戒よりも優位に立てる愉悦の時だった。
今だに肩で息をして、うっすら開かれた瞼からは潤んだ青緑の双眸を覗かせるだけで、凄まじく艶めかしく感じさせる。
己の本能すらも揺さぶられる艶めかしい媚態だが、一旦抑えて八戒を呼ぶ。

「なぁ、八戒」

呼ばれた八戒は呼吸を落ち着せたのか、先程より顔に余裕を感じさせ、見下ろす悟浄と目を合わせた。そして、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「誕生日、おめでとさん」
「……え?」
「今日、おめぇの誕生日だろうが」
「え、あ、それは知ってますけど……」

悟浄の言葉に、明かに八戒らしくなく動揺を隠しきれずいる様子だった。
無理もない、あの悟浄が今まで自分から八戒の誕生日の話題すら出さなかったのに、いきなり言葉にして祝ってくれるなんて予想だにしなかっただろうから。

「覚えていてくれていたんですね」
「まぁな」

−−忘れるワケねぇだろうが、お前の誕生日を。
そんな小恥ずかしい台詞は死んでも口にはしないが。
慣れない祝いの言葉に実はかなり緊張しているが、こんなコトで緊張しているのを八戒に知られたくないので、わざと軽い口調で喋っている。

(だって、どう見たって俺がカッコ悪いだろうが)

女の前では半分脳を通さずとも出て来る浮ついた口説き言葉が、この八戒の前では何故か出て来ない。
女を口説く要領で浮つく言葉をかければいいのに、臨機応変というモノがまるで出来ず、不器用になる己が酷く情けなくなる。
言葉にすれば簡単に伝わるコトなのに。誕生日を祝う言葉も、恐らく、八戒に抱く感情すらも……。

二人の間に流れる沈黙と、八戒の目線がいたたまれなくなり、悟浄はまた整った顔面近くまで顔を倒し、互いの双眸しか見えない程に顔を急接近させた。

「今日は俺なりにお前の誕生日を祝ってやるよ、一応な」

予告のない急接近に青緑の双眸は見開き、既に動揺はなくなった八戒。
今度は可憐な華を咲かせた様な極上の笑みを悟浄に向け、思わずその微笑みに一瞬見惚れてしまう中、八戒は言う。

「もう、僕の誕生日は終わろうとしているのに?」
「−−、そんな細けーコトは気にしない、気にしない」

細い指が、室内に置かれた時計を指をさす。
あと数分で本日を終え、翌日になりかけている時刻を悟浄に知らしめようとする八戒だが、本人も言った通り、そんな細かい事を気にして八戒から退く悟浄ではない。

(それに、今更そんな理由で止められるかよ)

口付けだけで艶めかしい媚態を散々見せられ、悟浄はいつでも事を運べる状態だ。
いくら、八戒が嫌がろうとこれから先に行おうとしている行為を中断出来る訳がない。
伊達に付き合いが長い八戒もそんな悟浄を知っての上、いつも受け入れてくれる。

「では、悟浄なりの誕生日プレゼントを受け取らせて頂きましょうか」
「おう、俺様スペシャルを献上してやるよ」

−−だから、覚悟しとけよ? と唇をその場で滑らせ、カフスが光る耳元にそう囁くと、身を震わしながら切なげに漏れるため息が肌に当たった。

「それは楽しみです。ですが、明日の事も考えて加減してくださいね?」
「へーい」

返事と共に頬に唇を落とし、片手で八戒の衣服を脱がしにかかる。
すると、自ら細い腕を紅の長髪ごと首に絡み付き、積極的な姿勢を見せる八戒に、さらに気を良くし、早速とばかりにあらわになった鎖骨に噛み付いたのだった。





おめでとうの言葉だけ
(結局、これだけしか出来なかったけどな)







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なんか色々とツッコミを入れたくなる出来ですが、愛だけはあるのでどうかご容赦下さいぃぃ…。(THE言い訳
確かに恋だった
↑タイトルはここからお借りしました。


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