突然だが、八戒は男だけど美人だ。
それは女顔という訳ではなく、中性的な顔つきとしての意味で。
身長は平均より高く、いわゆる細い長身だ。
勿論それは男にすれば細いという意味であり、別に女よりも細い訳では決してない。
悟浄と似たような体格に見えて脱ぐと細く、背中を向けられると不意にギュッと抱きしめたくなる。
しかし、すればその後の八戒が怖いので、いつも悟浄は脳内完結だけで済ませている現実だ。

いつもきっちりと長い袖を愛用している為、余り日に焼けていない肌はやはり白い。
しかも撫でれば吸い付く程の心地好い肌触り。
焦げ茶の髪は短く、いつも服の隙間から見えてしまう首筋とうなじは、いつも無意識に目が追ってしまっている。
穏やかに細める青緑の双瞳がいつも鮮やかな輝きを見せ、夜の行為に移れば白い頬はほんのりと赤く染め、生唾を飲み込みたくなるぐらいに青緑の双瞳を潤ませて、こちらを誘うように見つめてくる。
とどめとばかりに、キスで潤んだ唇で『悟浄……』と、控えめに呼ばれたら、元から性欲が強いと自覚のある下半身が反応しないわけがない。

−−−話がかなり脱線した。
悟浄が今言いたい事は、今の八戒の湯上がりの状態だ。

「なんです悟浄? さっきからやたらと視線が痛いですけど」

そう……。
湯上がりという状態というのは、何より無防備で危険な状態を指す。
湯上がりで出た瞬間、あのフワッと香る石鹸の匂いは清潔感溢れる八戒に相応しく、湯に浸かる事で高められた体温は、当然あの白い頬を上気させていた。
そしてよく見れば、瞳も唇も微かに潤み、その唇が話して動かされる度に、誘っている様にしか見えない。
さらに言うなら現在、八戒は悟浄の服を寝巻がわりに着用しているのだ。
八戒のミスで洗濯ものが汚れて着るモノを失った(あまり自分の服にこだわりがない八戒は、数が少ない)ので、臨時の処置だ。
艶めかしい肌にボタン付きシャツの悟浄の服(+下着も)を着た八戒。
肩幅などの関係で服が少々ダボッとしている八戒。
そう、自分が着ているダボっとしている寝巻き(普通の服だが)は、最早、一種の男のロマンだ。
昔、酒場でその男のロマンを熱く語るうっとしい男がいたが、今の悟浄なら共感が持てる。
しかし、同じ男である八戒には理解しがたいと苦笑していたが。

「別になんでもねぇよ」
「なら、いいんですけど」

そんな邪な悟浄の目線に訝しく睨み返す八戒。
だが、機嫌が良いらしく悟浄がそう言えば、直ぐに悟浄から視線を外した。
八戒は喉が渇いたのか、持っていた水入りのコップを口に運び、流し混む水を体内に入れていく。
飲み込む度に白い首から動く喉仏は、色んな思考へと転換させられ、やはり悟浄の目を離せない。
思わず生唾を飲み込む。
二週間前。
特殊なプレイをして八戒を激怒させてしまい、禁欲生活を強いられている悟浄の頭は相当飢えているみたいだった。
飲み終えた八戒はやはり悟浄の目線が気になり、再び訝しい目で睨み返す。

「もう、本当にさっきからなんですか? 言いたい事があるならはっきり言って下さい」
「え、あ……、えーと……」

八戒の声にハッと我に返った悟浄は、急いで脳をフルに活動させ、不自然がないような返答を探し出す。
何しろ『今まで八戒に下心丸出しの目で見てた』等と、口が裂けても言える訳がない。
正直に口にしたが最後、今日この日が悟浄の命日に成り兼ねないからだ。
コレに対して冗談と思われがちだが、あながちこの八戒の事だ。
キレると本当に何するか分からない。
最悪命を取られなくても、二度と不埒なマネをしないようにと去勢されてしまいそうだ。
考えただけでも、悟浄は寒気がハンパなかった。

そして、普段使いたくもない頭を使った結果の返答。

「あ、この後いつも風呂上がりに柔軟するだろっ? 背中とか押してやろか?」

苦し間際の『話の脱線作戦』
我ながら、なんとも苦しい策略だ。
これでは八戒に、怪しんでくれと頼んでいるようなモンだ。
現に声は穏やかで口は笑っているが、目は笑っていない八戒の表情に、俺の中の警告サイレンが鳴り響く。
あぁ、やっぱり俺の末路は決まった。
−−命日or去勢だ。
けど去勢されるぐらいなら舌噛んで死んだ方がマシだから、やっぱり命日だな、俺の人生ってマジでなんだったんだろうなオイ。
など半分自分の世界に入っていた悟浄だが、予想外にも八戒は直ぐに険しい表情から、今度は困った様な微笑みへと変わった。

「……じゃあ、お言葉に甘えてお願いしますね」

八戒の心境が何故変わったか気にはなるが、せっかく収まったモノを掘り起こす程無謀ではない。
わざわざ好き好んで地雷を踏みに行く趣味は、悟浄には持ち合わせていない。

「後ろから押せばいいんだな八戒?」
「ええ、お手柔らかに頼みますよ」

自分が言い出した事なので、早速悟浄は腰を下ろし上体だけを起こした八戒の背に回り、手を合わせてゆっくりと押しはじめる。
八戒は風呂上がりになると、必ず今のような柔軟を行う為、かなり柔らかい。
現に難無く八戒の上体は揃えた足にくっつく。
八戒とは反対に体が固い悟浄からすれば、いつも感心させられる。
特にこの八戒の股関節の柔らかさのおかげで、今まで定番な体位からマニアックな体位を楽々と楽しく出来たのだから、日頃の八戒の柔軟体操に感謝を覚える。
柔軟は順々に行い、次に八戒は仰向けに寝転がり、片足だけを上げて悟浄に顔の方向に押して欲しいと頼まれる。
悟浄は頼まれた通りに、細く服越しから伝わる筋肉を感じながら、ゆっくりと押し始める。
勿論、難無く上げられた片足は少しずらして肩へと合わせられた。

(……この状態って、もしかしてかなりヤバくねぇ?)

前と押している為、悟浄も体が前のめりになり、八戒との距離はかなり近い。
難無く上げられた片足に、股の間に入り込む自身の体は、風呂上がりの体にもう少しで密着しそうな際どい体制。
これでは行為最中のような錯覚を覚え、今悟浄の中で簡易的な理性と本能による脳内善悪対戦が始まってしまった。

(なぁこのまま押しちまえよ)
(馬鹿、八戒が油断している状態でヤれるワケねぇだろうがっ!)
(こんなおいしーシチュエーションを指を咥えて見てるお前の方が馬鹿なんだよ。そんなのこっちのペースに持ち込んで仕舞えば、後はこっちのモンだろーが)
(あのな、そんな見境なくがっつく程俺は落ちぶれちゃあいねぇんだよ。それにあんまり無理させちまったら、八戒の身体がもたねぇだろうが!)
(はっ、どの口で言いやがる。ムラムラきてる時は、八戒の都合なんかおまかい無しのクセによ。何弱気になってる? そんなんだからヘタレって思われるんだよ。……ここで押して事を運べば、男が上がるってモンだ。−−男を見せろよ、なぁ悟浄?)

そして本能と理性との口論の結果。
ついに、本能の悟浄が勝利を飾ってしまう−−。

「悟浄?」

片足を押したまま、黙っている悟浄を呼ぶ八戒。
だが、悟浄にはあまり耳に入っていない。

そうだ、最近の八戒の恐さに怯え、……てる訳ではないが。
本能的に危険と判断してしまって、つい手を引っ込めて泣く泣く右手が恋人の夜を過ごす寂しい夜ばかりを過ごしていたが……!
俺が強気にならなければ誰が強気になる……!
八戒は確かにかなり恐……、くわないがやはりキレると何仕出かすか分からない。
だから、手を出さなかったが、力だけなら俺の方が断絶有利なのだから、ごり押しで事を運べば良いワケだし。
八戒と会う前までは様々な美女を口説き落とし、幾度の女とベッドに共にして俺のテクによって甘い時間を楽しめたのだ。
八戒がなんだ。
ここでは俺が家主だ。(最近、回りには八戒の家の悟浄さんと認識されつつあるが)
ここで男を見せねえでいつ見せる気だ。
この機会を逃せばまた夜は泣く泣くの右手が恋人だ。
女泣かせの沙悟浄様の名が泣くというモンだ。
−−と、ゆーわけで。
早速始めさせてもら−−。

「これ以上余計な事すると、どうなるか分かっていますよね、悟浄?」

急にハッキリとした怒りを表す八戒の声に、熱くなっていた体は急激に冷え固まる。
怪しげ片足を支える手をスルスルと下へと滑らせ、もう少しで股に触れそうになった所で、いつの間にか八戒はその邪な手をきつく掴み阻止していた。
綺麗な手から思いもよらない強い握力は、悟浄の本能から理性へと呼び覚ますに、十分過ぎる力だった。

「一度は見逃してあげましたのに、ちょっとこちらが下手に出れば調子に乗るなんて」
「は、八戒……?」

情けないぐらいに声が裏返ってしまっている悟浄は、もう完全に逃げ腰体勢。
しかし、逃げたくても今だに離してくれない八戒の手によって阻まれ、逃亡は不可能に近い。
こうなったら正直に謝るしか悟浄には道がなかった。

「わ、ワルわるかったっ! マジでワルかったって八戒! つい出来心で」
「へぇ、つい出来心でこんな柔軟して身動きがとりずらい僕を、貴方は分かっていて、欲情されるんですか悟浄?」

はっと墓穴を掘った悟浄はとにかく、更なる言い逃れを口に出す。

「ちがっ、あ、えーとだな、もっと足元から押してやろうと思ってだな、だからお前の勘違いだって」
「へぇ、そうですか。それはご親切にどうも。じゃあ、今貴方の股で元気になっているソレはどう説明してくれるんですか?」

言われて視線を下に向ければ、思わずあ、と絶句する悟浄。
本能に忠実になったせいで、服越しからでも分かる臨戦体勢に入った己の股間。
ソレを八戒に押し付けている今の状態に、八戒からは嫌でも伝わっているだろう。
正に言い逃れが出来ない絶対絶命のピンチ。

「マジでワルかった!」
「その言葉、今までに何回聞いてきたでしょうねえ、悟浄?」
「………っ」
「まぁ、僕も鬼じゃありませんから。貴方が悪いと思っているなら許してあげます」

そのまたしても予想外の八戒の許し。
己の強運と、信じてもいない神や仏に礼を言いたくなった。
しかし、このまま八戒は『ただし』という言葉を続けて口を開いた。
恐いくらいに爽やかな笑み付きで。

「今夜、外で寝てくださいね悟浄」
「……マジ?」
「今の悟浄を放っておくと寝込みを襲われそうですし。本当に悪く思い、邪な考えを持ってないなら、それぐらい潔く出来ますよね?」
「ちょっ、ここ夜になるとかなり冷えるんだけど」
「僕だって鬼じゃないんですから、毛布一枚ぐらいは渡しますよ」

−−いや、充分鬼だろう。
いくら今は春だからといって、やはり夜になると非常に冷える。
体温が高い悟浄ですら、ベッドの中で少し肌寒いと思うのぐらいに。
だから、野外はたった毛布一枚だけでは寒さを凌げる訳もない。
こうなったら、賭博か酒場で女を引っ掛けて泊めて貰うしか……。

「あ、そうそう。先程洗濯しようと思ってたら、悟浄が脱いだジーパンから財布が出てきましたよ」

八戒が片手に掲げて見せるのは、安っぽい革製品の財布。
あぁ、最早に唯一行の希望のカギとなる銭すら握られしまい、余所で寝泊まりする希望すら閉ざされてしまったらしい。
それでも、まだ何か言いたげにしている悟浄に、トドメの一撃を八戒は食らわす。

「今この場で元気な下半身を去勢されるか、外で一人今夜を過ごすか、選ばせてあげますよ」

完全に怒りを表す笑みを向ける八戒は、かなりの威圧感を感じさせる。
しかも悟浄を見下ろしながら、何処から取ってきたのか、栽培用の大きなハサミを見せ付ける八戒。

「外で一人で寝てきマス………」


結局本当に、外に閉め出された本当に家主である悟浄。
悟浄は思った。
あぁ、毛布一枚に包まれて寒い満点の夜空はキレイだねぇ、と……。
一人毛布を包み冷える夜風に堪えながら情けない一夜を過ごし、朝を迎えた−−。

ようやく許しを貰って家に入った時、やたら八戒の神々しい笑みが眩しく感じられた悟浄だった。





湯上がり美人に手を出すと…
(マジ死ぬかと思ったぜ……、いつかぜってぇーにリベンジして…)
(−−何か言いましたか、悟浄?)
(……なんでもごぜぇーやセーン……)








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祝☆ごはちデー!
ヘタレエロ河童全開です(笑)

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