心優しく不器用な貴方は、あといつまで僕に心地好いユメを、見させてくれるんですか?



雨による湿気と情事後特有の倦怠感に襲われながら、八戒はふと体を伏せたまま目が醒めた。
すると、すぐに紅が視界を支配する。
現在、同居させて貰っているこの家の主、悟浄だ。
どうやら情事が終った後に、気を失った八戒を抱きしめてから眠りに落ちたのだろう。
まだ、夢の中にいるため、瞼に隠れた髪と同じ紅い瞳は見れない。

−−−…血の色。

かつて、この男に紅髪を見つめながらそう言った事がある。
血だと比喩した髪、罪を犯した自分を戒める血の色、懺悔の色、それらを表した髪の色。

彼を起こさないように、抱きしめられて身動きが取りづらい体制で、そっとその赤い毛先に触れて見る。
思った以上にサラサラだった。

(ねぇ、悟浄。貴方はあといつまで僕に心地好いユメを見させてくれるんですか…?)

雨の日になれば、必ず思い出す罪の意識。
多くの命を奪ってでも守りたかった愛。
そしてそれすらも、守れずに、自分だけが今も生きている。
これほど罪で、罰な事はない。
例え、『悟能』から『八戒』として新しい道を歩む事を選んでも、犯した罪は決して消える事はない。
多くの血を浴び、けがれた自分に背負うに相応しい重い十字架。
生涯、雨の日になれば罪の意識を表した悪夢を、罰として永遠に見せ続けられると思っていた。
しかし、この優しき同居人がそれを許さなかった。

きっかけは、とある今日のように雨の日だった。
けたたましい雨音、耳を塞いだ所で雨音は聴覚として、室内に僅かに伝わる雨の匂いが臭覚となって必ず襲ってくる。
嫌という程に重い十字架が背中にのしかかってくる。
それでも、雨だから夜に出掛ける事を止めた悟浄には心配をかけたくないと必死に、平常心を保ち普段通りに微笑みを向けた。
しかし、何故か彼はソレを見た途端に表情を失い、暫くしてきつく逞しい腕に納められていた。
対して身長差がない彼の唇が、妖力制御装置を嵌めた耳元に『俺さぁ、美人の涙に弱いのよ』と囁いた。

それは同じ男でも、官能を感じさせるぐらいの低く甘く声だった。
身震いがした、あまりの甘さに。
そして、いつの間にか抱き上げられ悟浄の寝室まで連れていかれ、まるで壊れ物を扱うようにベッドに降ろされる。
その扱いは流石女好きと感心していた動きに、悟浄は『ワリィいな俺、美人の泣き止ませ方はコレしか知らねぇんだわ』と言って、悟浄は、服を脱がし身体に触れてきた。

男に抱かれるという屈辱的な側に回っても、不思議と相手が悟浄というだけで、不快感を感じずに、久しぶりの心地好い人肌、甘い官能を駆り立てる愛撫、まるで愛されていると錯覚してしまいそうになる程の甘い囁き。
同じ性を持つ者同士にも関わらず、最後まで甘い痛みと共に快感を得られた。
おかげで行為中は雨を忘れられる事が出来た。

それ以来、悟浄とはまた不思議な関係になった。
表向きは気の合う同居人。
雨が振った時だけ男女の恋人のような関係が今でも続いている。

まどろむ意識の中で、少し動いて自分とは違う逞しい胸板に額を付けた。
男らしく焼けた熱い固い肌。
筋肉はついても表向きには見えずらい自分の身体とは大違いだ。

−−−…口が悪く、粗雑そうで、言うこと全て無責任そうな悟浄は、実は誰よりも人の心に敏感に感じ、感受性が高い事。
その優しさが、時に凶器になるぐらいに。
この優しさは決して期待するような事でなく、同情なだけで、その優しさを自分の都合な良い方に錯覚してしまう。

−−…なんて、厚かましいのだろうか。

これでは罪と罰から逃げる為に彼の優しさに付けこんで、ただ自分だけが甘露を味わっているだけだ。
優しい貴方の側に、こんな自分は居ていい訳がない。


八戒は今だに窓から聞こえてくる微かな雨音を聞きながら、そっと悟浄を起こさないように優しく抱きしめる腕から離れようと、起き上がろうとした。すると。

「目覚めの時間には随分早過ぎじゃねぇの?」

目覚めたばかりにしてははっきりとした低い声と共に、離れようとした痩身を悟浄はまた腕の中にきつく収めきた。

「ま〜た、くっだらねえコト考えてただろうお前」

鼻先が悟浄の首筋に触れて、不意に嗅覚が、悟浄の身に染み付いた僅かなタバコの匂いをとらえる。
次にきつく抱きしめられた熱い体温に、身震いしながら閉じた瞼の奥を熱くさせた。

「くだらねぇこと考えるヒマもくれてやんねえぐらいに気持ち良いことしたのに、まだ足んねえってか?」

抱きしめられた腕が、優しく解かれ、その代わりに肩に添われて、お互い頭をベッドに沈めながら顔を向かい合うような形になって、悟浄は子供のように笑いながらそう聞いてくる。
紅と青緑の双眸が交差する中で、八戒はその返事を微笑みを向けて返した。

「−−−ええ、正直言ってまだまだ足りません。だから悟浄、もっと何も考えられないぐらいに、心地好いユメを僕に見させてくれませんか?」

すると紅の双眸は一瞬だけ、驚きを見せるが、直ぐに情事中に見せる獣のような目に代わり、横に伏せていた悟浄は徐に起き出し、上から八戒の身体を覆った。

「お望み通り、何もかも忘れてしまうくらいに良いユメ見させてやるよ、−−−八戒」

覆い被さる長く紅い髪は、小さく揺れて八戒顔に垂れ下がる。
まるで血が空から降り注がれるような錯覚を感じる。

−−−…なんて、綺麗なアカなのだろう。

それは雨の存在忘れさせてくれるには十分過ぎるぐらいに、綺麗にそして純粋に感じさせてくれるモノだった。





どうかこのまま、醒めないユメを見させて下さい
(そして、甘い夢から覚めて、残酷な現実をたたき付けられる僕をどうか嘲笑って下さい)








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同棲時代の自虐的な8でした。

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