「ナニこれ?」
「見て分かりません?サクランボですよ、サクランボ」
「それは見ればわかるっつーの」

時刻はもう昼に変わりきっている頃に、今まで寝ていたこの家の主の悟浄が漸く目覚め、リビングにある椅子に腰掛けていた八戒と今日初めて対峙した。
テーブルに置かれた赤は、悟浄の髪と双眸と同じく鮮やかに彩りを見せている。

「市場で顔なじみの八百屋さんに、買ったオマケでくださったんですよ」
「八百屋なのに?」
「ソコは旬の果物も少し扱ってるんですよ、サクランボは今が旬ですから」
「ふ〜ん、オマケの割には、二人分にしたら随分多くねえか?」
「ええ、いつもご贔屓してくれるからって、沢山下さったんですよ。余りそうなら、三蔵と悟空にもおすそ分けしようかと思ってます」
「あ、そう。サクランボねぇ……」

そう言って、悟浄はサクランボに手を伸ばし、控えなカゴに入ったサクランボの中から、形の良い一粒選んで目前に近付けると、まるで、観察するように見ていた。
その悟浄の様子に、八戒は思わず尋ねた。

「甘いモノは苦手だと聞いていましたが、果実もやはりダメなんですか?」
「別にダメじゃねえけど、サクランボって、確か甘いよな?」
「甘くなかったかって……、もしかして悟浄、サクランボ食べた事ないんですか?」

そう聞けば、まるで子供が拗ねたように黙って、暫くしてようやく『うるせぇ』とだけ短く答え、更に分かりやすい反応が返ってきた。
その様子に八戒は手を口元に持ってきては、つい小さく笑ってしまい、悟浄は面白くないとばかりに眉をしかめている。

「しょうがねぇだろうが。食べる機会もなかったし、特別食べたいって思わねぇし、てかサクランボなんか食べなくても死にゃあしねえよ」
「最後のソレ、子供の発想ですよ」
「んだと…っ!」

そしてとうとう余りの可笑しさに、八戒はふき出し、腹を押さえて声を殺しながら笑い出すという結果になり、そんな八戒に対して悟浄は憤慨して声を荒げる。

確かに想像してみると、甘いモノが苦手な悟浄がサクランボだけは大好きで実は八戒に隠れて食べているサクランボ通な悟浄。
あの柄の悪い顔が、例えば市場に行けば一人で大人買いするぐらいサクランボ好きな悟浄。
そんなありえない愉快な想像が八戒の脳裏に過ぎる、ますます笑いのツボを刺激し、腹筋と古傷が痛くなるぐらいに笑ってしまう。

「あぁ、すいません。つい……っ」

笑いで浮いた涙を拭き、一応謝罪をする八戒だが、またしても笑いが振り返したせいで余り誠実な謝罪には到底及ばず。
再び腹部を押さえて声を殺すように笑っている。

「へいへい、笑いたけりゃあ笑えよ」

勿論悟浄はますます面白くなく、八戒と向かい合うように椅子につき、頬杖をついて明かにぶすっとした様子でいる。

「スイマセン、ちょっと笑い過ぎましたね」
「ちょっとドコロか激笑い過ぎだっつーの」

再び謝罪をしても、まだ明かに拗ねている様子の悟浄だが、今は怒ってはいないようだ。
かなり直感的な確証だが。
何故なら悟浄と八戒の二人の間にはギスギスした空気ではなく、いつもの日常会話のように自然な空気を感じるから。
だから、まだぶすっとしている拗ねた悟浄を見ても、八戒は気まずく感じないまま普段通りでいられる。

「サクランボ、先に食べますね」

八戒もサクランボを一粒手にとって、先に悟浄に断ってから、サクランボを口に含む。
程よく弾力のある果肉を歯で噛みながら、口内には果実特有の甘酸っぱさが広がる。
旬のモノだけあって、新鮮なサクランボの味に、満足しながら喉に収める。
傍らに置かれたティッシュを取って、口内に残った種をそっと吐き出した時、八戒はふと今までサクランボを食べていた過程を、悟浄はまだ手に持っていたサクランボを食べずに、どうやらずっと目を離さずに見ていたようだ。
人が食べている過程を見て何が楽しいのかと、に少し訝しく悟浄を見るなりして、八戒は首を軽く傾げる。

「僕の顔に何か付いてついてますか?」
「……んー、まあな」
「え、何処にですか?」
「取ってやろーかー?」

そう悟浄が言った後、ニヤッとまるでマセた悪ガキのような表情に一辺変えた直後。
その場で椅子を引いて立ち上がり、素早く八戒の顎に手を伸ばし上へとあげさせて、悟浄は手慣れた様子でそのまま上体を少し倒し、八戒の唇に己の唇を重ね合わせてきた。
突然の事に、八戒の青緑の双眸は開いたまま、触れ合うだけの唇を受けて入れていると、無抵抗な事を良いことに、予告なく今度は唇をペロッと舐めてきた。

「ンっ、ご、じょぅっ」

八戒は困惑する表情の中、犬のようにしつこく唇だけを舐め回されているせいで、言葉が上手く紡げないでいた。
しかもまだ日は高々に昇る昼過ぎに、サクランボが置かれたテーブルを挟んで、男二人で一体何をしてるんだ、否、されているんだと八戒は妙な羞恥を感じさせる。
しかし皮肉にも、そのおかげでやっと冷静になれた八戒は、ようやく悟浄の頬と、額を押す事で抵抗の意を示す事が出来た。
だが、そうやって抵抗すればするほど天の邪な性格の悟浄は、調子に乗ってますますエスカレートしていく。
今では行儀悪くテーブルに片膝を付けて乗り出し、更に顎を掴んでいた手は今度八戒の後頭部に手を回し、噛み付くような口付けに変えていた。

八戒の抵抗を半減させるために、片手を抑えこみ、悟浄は自分のペースに持ち込む。

「んぅっ、はぁっ、ふ……ンンっ」

耳を塞ぎたくなるぐらいに、息継ぎと共に出てくる甘ったるい己の嬌声。
まるで息継ぎを許さないばかりの深い口付けに酔わされていく。
悟浄の舌が入りこみ、無造作に口内を貪られていく。
逃げていた舌を難無く絡め捕られて、絡みつかれる度に電気が走ったような甘い刺激に、閉じた瞼の端から涙が滲んでしまう。
息苦しい中で口では呼吸が出来ない為に鼻でするしかなく、それは悟浄も同じのようで、ふと頬に鼻からはかれた息が当たり何ともいえない恥ずかしさを感じてくる。
オマケに二人分の唾液が飲み切れずに、八戒の顎を伝い、白い首筋にまで伝っているぐらいに、口付けを施されているのだ。
もう、酸欠も羞恥でおかしくなりそうだった。

「も、ぅ……ヤ、メっ……、ンっ!」

それでもなんとか口付けから解放されたくて、自由な片手で悟浄の肩を押し出してはみたが、止める気配はない。
抵抗すればするほど悟浄は天の邪なので、止める所か、ますます口付けがエスカレートしていくコトは百も承知だ。
だけど、それでも抵抗でもなんでもしないと、全て悟浄に持っていかれそうになる。
一方悟浄はというと、八戒とは違って一段余裕を感じさせる。
経験値の差だからか仕方ないと分かっていても、それでも此処まで口付けだけで酔わされてしまうのはやはり癪に触る。

それでも、嫌々ながらも結局は、『仕方がない人』だと受け入れてしまう事に、八戒は自分の甘さに、ぼんやりとしてきた思考の中に自嘲じみた思考が混ざる。

しかし、そんな思考も再び舌をキツく吸われる事で、すぐに遮られてしまう。
そして抵抗していた手はいつの間にか、悟浄の服を掴んでしがみつき、抵抗の役割を果たしていなかった。


−−−…長く感じさせられた時間。
呼吸を許さないような深い口付けのせいで、肩で息をしている八戒を見て、悟浄はかなり気を良くして舌なめずりをしている。
その様子が腹が立って、今更ながら睨みつける。

「今日も感度がイイねぇ、八戒」
「ご、じょう……っ」
「そう睨むなって、最後らへん気持ち良さそうにしてたじゃん」
「な、にが、取ってやる、ですか……、こうするのが、目的だった、クセに……っ」
「嘘じゃねえぜ?お前の唇がサクランボみたいに赤かったから、サクランボの果実が付いてるかと思っただけだし〜」
「なに、馬鹿な事言ってるんです、か……!?」

そんなふざけた物言いに声色を低くして言い返すと、一旦離れた悟浄の顔がまた鼻先がまで接近してきた。
そのせいで、またされるのかと八戒は身構えてしまい、今度は悟浄がクスクスと面白がっている。

−−−…やられた。
どうやら悟浄はフェイントをかまし、八戒は不覚にまんまとソレに引っ掛かってしまったようだ。

(さっき笑った仕返しと嫌がらせのつもりですか、悟浄!)

思わぬやり方で報復された事に、八戒は密かに煮え繰り返る怒りを秘める。
勿論、そんな八戒の内心を見抜いている悟浄にすれば愉快で堪らなく、今日だけでなく日頃の八戒の振る舞いに対して、こんな形で仕返しと嫌がらせが出来た事が嬉しくて堪らないようだ。

「思った程サクランボって甘くねぇのな、どちらかというと甘酸っぱいし」
「……」
「なぁ、さっきの八戒の口ん中、サクランボと唾液の味でいっぱいだぜ」

そう指摘されて、かぁっと一気に顔を赤らめる八戒。
悟浄のこういうデリカシーのない発言は八戒が最も嫌いなトコロだ。
八戒にしてみれば、自分の口の中なんて分かる訳がない。
強いていうなら、普段通り悟浄の愛用しているハイライトの煙草の香りしかしなかった。
だが、そんな事を口にすればますます調子に乗る事は目に見えているので、八戒は言いたくても何も言わない。

「サクランボ食べないなら、何処かに行ってて下さいっ」
「俺は今から食べようと思ってたトコロだぜ〜?八戒こそ食べ終わったんなら椅子から立てば?」

−−…見透かされている。
快感を教え込まれた身体は悟浄の口付けだけで、まだ上手く体が思うように動いてはくれない。
しかも情けない事に、椅子に座っていなければ腰が抜けて尻餅をついていだだろう。
それが情けなく、男としてかなり屈辱的で、顔に血液が一気に上がってくる。
羞恥に頬を染めた顔など、見られたくない八戒は顔を悟浄から顔を背けるが、直ぐに悟浄の手によって阻まれ、細い顎を掴み上げられる。
何が何でも反らしてみるが、結局八戒は紅の双眸に、真正面から見つめられる形にされてしまう。

「今のお前、サクランボみてぇ」
「……どういう意味ですか?」
「俺もいつまでもヤラレっぱなしはヤだってコト」
「さっきから、会話になってませんよ?」
「なぁ、さっき余ったらさ、三蔵んトコにおすそ分けするって言ってたよな?」
「……ええ、言いましたけど?」

一方的な悟浄の返答に、少し嫌な予感を感じさせ、その予感が外れて欲しい事を密かに願いつつ、悟浄に合わせる。

「じゃあ、無理だな。多分余んねえわ、サクランボ」
「まさか、貴方一人で食べる気ですか?」
「ちげぇーよ、お前とオレとで仲良く楽しく美味しく頂くから余らないってコト」
「はぁ?……うわっ!?」
「続きはベッドの上で楽しみましょ〜、ってな」

まだ立てない八戒に、八戒の腹を悟浄の肩に持ち上げて乗せて、片手で支える。
もう片手はサクランボが入ったカゴを持って、軽い足取りで、悟浄は足を進める。
恐らく、行き先は悟浄のベッド。
悟浄にしてみれば先程と逆戻りの道にも関わらず、これから行う行為しか頭になく、悠々と足を進めている。

つまり、八戒の外れて欲しい嫌な予感は、見事に的中してしまったのだった…………。



−−−…、悟浄に良いようにされた八戒はその後。
昼過ぎから始まり、現在日付が既に変わってからの朝日が照らされている時刻という、最長時間に渡っての行為は漸く解放された。
いや、無理矢理解放させたという言い方が正しいのかもしれない。
悟浄の言った通り、サクランボは見事余る事がなく、それは色んな意味で食べ切ってしまったのだった。

そして八戒が腰痛で悟浄のベッドに苛む中。
明かに怒りを表わにした微笑みで、刺々しい言葉と、間接的な嫌がらせで、ベッドから出られない八戒を介抱する悟浄にチクチクと確実に反撃を食らすのは後の話……。






サクランボ
(あの人のせいで当分はサクランボなんか、見たくも食べたくもありませんっ)







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思いきってのちゅーシーン。
そして色んな意味でゴチソーサマっ(合掌)

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