外はもうとっくに月が高々に上り、時計を見れば次の日付に変わっている時間。


「どうぞ。どこかの誰かが帰宅するのが遅いんで、すっかり伸びきってしまったラーメンもまた普段と違った味がして美味しいですよ、悟浄」


帰宅して真っ先に笑顔で出迎え、毎日毎日欠かさずに健気に夕食を用意している現在同居人の八戒に、夕食を薦められたが、笑みとは反対に口はとても刺々しさを嫌という程に感じさせる。
椅子を引いて座り、無意識に煙草を加え火を点そうとした時に、八戒はにこやかにしかし、はっきりと静かな怒りを篭った口を開く。

「食事最中に喫煙なんて感心しませんね」
「…俺はすっげぇ煙草吸いたいんだけど…」
「だったら今すぐにでも、ニコ〇ットでも買って来て、禁煙しては如何ですか?」

確実にキレてやがるなコイツ。
これ程までに口が笑っていても、目が笑っていない恐ろしい笑みはかつて拝んだ事がない。

八戒がここまで怒っている原因を悟浄は嫌という程に理解している。
全ては、稼ぎの全て日課でもある賭博場に行く前、『今日ぐらいは早めに帰ってくるわ』と言って家を出ていったのが原因である。
つまり、悟浄は自分で言った約束を破ってしまったのである。
これは自業自得としかいいようがない。

「いや、その…、早めに帰ろうとしたんだけどよ、なんかツキがいつも以上に良くって、時間忘れちまって…」
「……」
「それに店のねーちゃん達がまた応援してくれるモンだし、まぁ、稼げる内に稼いでおかないとなぁと思ってだな…」
「……で?」
「え?」
「言い訳は、以上ですか?」
「………」
「僕ね、貴方が外で別に何しようと居候の僕は口出しはしないつもりですよ。仮に前回賭博場で全額のお金をスラれようと、女性の尻ばかり追っかけ回して鼻の下伸ばしてても別に構いません。…ただ、僕は約束を破られるのだけはどうしても、我慢出来ないんですよ、ねぇ悟浄?」


−−−…これは相当ヤバい。

悟浄の中で、今までの人生の中で磨きあげられてきた危機感を察知する何かが、必死に警報を鳴らして直ぐにその場を退避するように命じている。
しかし情けない事に、悟浄はまるで蛇に睨まれた蛙の如く、冷たく燃える青緑の双眸に睨まれたまま金縛りにあっている為、逃げたくても逃げられない。
絶対絶命の危機。
そんな中で悟浄は己の不運な人生を走馬灯のように思い出しながらも、美人の代表格である八戒に最後を迎えられるのも本望かもしれないと小さな下心を持ちながら、何らかの八戒からの報復を覚悟して、黙っていた。

「………?」

しかし、いつまで身構えても八戒からの報復は訪れない、ただ黙ったまま青緑の双眸は悟浄を捕らえているだけ。
しかも、いつの間にか静かな怒りが宿るモノではなく、何処か切ない目を八戒はしていた。
生唾を飲み込み、意を決して恐る恐る呼んでみる。

「八戒…?」
「一応これでも心配していたんですよ、僕なりに。早めに帰ってくるからと言っていたから、早めに夕食の用意もしてこうして待っていても、日付変わってる夜中になるまで帰ってこない貴方に」
「………」

グサグサと刺を含めた言葉に、悟浄は最早ぐうの音も出ずにいた。

「それに、お人よしの貴方が、また前みたいに何かの事件に巻き込まれてるんじゃないかないかって、…心配してたんです」

過去に悟浄と組んでいた仲間が、この場に再び現れ、その仲間の失態に悟浄が人質となってしまうという危機的状況になった時の事を、八戒は言っているのだろう。
捕われた悟浄は八戒によって救出されたので、悟浄が八戒に頭が上がらない理由はそれも含まれる。

「早めに帰れないなら、もうこんな約束二度としないでください。…こんな事何回も続いたら、僕の心臓が持ちませんから」

そう言って、八戒はこの場に居たくないように席を外そうとした時、悟浄はそのままの体制で、少し強めに八戒を呼び止める。

「八戒っ」
「…なんですか」
「……その、…わるかったな」
「……」
「……メシ、いっつも用意してくれてんのに、今日も無駄にしちまったな」
「悪いと思うならこの伸びたラーメンを食べてもいいんですよ?」
「…………………いただきマス」

今だに背中を向けたままの八戒に、悟浄はこれで許してくれるならと思い、考えた結果、顔には出さないように泣く泣く冷めた夕食の中にある、伸びたラーメンに手を伸ばし、見れば器にはスープはなく、包まれたラップを押し出すようにこんもりとスープを吸った麺。

……そうだ、スープのない冷麺だと思って食べるんだ、これで八戒の怒りが収まるんなら安いもんだと悟浄は意を決して、ラップを剥がし、置かれていた箸をとって伸びた麺に触れた瞬間、ラーメンの器は瞬時に消えてしまう。

勿論、消えた訳ではなく、いつの間にか悟浄の近くまでいた八戒によって回収された。

「冗談ですよ、冗談。どんな形であれ貴方が無事に帰ってきた事ですし、今から何か暖かいモノ作り直しますね」
「…、もう怒ってないのか?」
「ええ、というか僕、最初から怒ってませんよ?」

うそつけ、あれが怒ってなかったら一体なんだっていうんだ。
と悟浄はそう喉にまで出かかったが寸前の所で止める。

「さっきも言いましたけど、僕は貴方の居候ですからそんなえらそうに出来る立場ではありませんし。だから例え、早めに帰って来るって約束を破られても、文句も言えませんし、本当なら暖かく迎えなくちゃと思って待ってましたけど……」

そんな疑わしい態度を顔に現している悟浄を、八戒は小さく困ったように笑って、手にもっていた器の中身を処理する為に台所に向い、そうなると悟浄から必然的にまた背中を向いてしまう。
しかし、八戒の背中を向けた様子は先程の落胆したのではなく、優しいモノに悟浄に見えた気がした。

「…でも、貴方が帰ってきて安心したと同時に、さっきみたいに怒ったような態度をいつの間にか取っていました。だから、本当に怒ってなんかいないんですよ」

そんな優しい口調で話す八戒に、悟浄から少し離れた洗い場から皿を洗う音と共に悟浄の耳に入る。
ふと、悟浄は椅子からようやく立ち上がり、足を少し洗い場まで進めた。そして。

「八戒」

そっと、男の割には細く肩を後ろから悟浄は回し、そのまま顔を埋めた。
八戒は突然背後から接触に作業がやりづらく中断せざるえないと判断し、洗いモノの途中に水が流れる蛇口を捻り、手を止める。

「…作業中に後ろからしがみつかないで下さいよ」
「しがみついてんじゃなくて、あつーい抱擁」
「はいはい分かりましたから、いい子は大人しく席に座ってて下さい」
「…八戒。マジでわるかった」
「………」
「次は絶対早めに帰ってくるわ」
「ええ、そうしてくださいね、悟浄」
「へーい」

この時、後ろを向いている八戒の表情が見えないはずなのに、何故か八戒が笑みを零しているように感じた。
根拠はない。しかし、直感的にそう感じたのだ。

悟浄は短い返事をしてから、八戒からすっと離れて、再びいすを引いて座り、今度こそ喫煙しようと愛用のハイライトを加えて火を灯しながら、夜中でありながらも、悟浄の為に夕食を作り直している八戒の後ろ姿を見ながら、暖かい八戒の作る食事を楽しみにしている。




恐ろしくも愛おしい
(すげぇ怖いけど、またすげぇかわいいんだよな、またコレが)








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甘々にしようと思ったらギャグになりかけ、最終的にオチはゲロ甘になってしまった話でした。

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