1/6


 セウ=ハルフの屋敷の馬小屋には馬が三頭飼われていたが、二頭はセウ=ハルフとデミングが乗る馬で、もう一頭は荷物を乗せるために使われていた。荷物はかなり多く大きく、イウが乗れるスペースが確保できそうになかったので、セウ=ハルフとデミングが一日交代でイウを乗せて進むことにしよう、ということになっていた。

 イウがデミングの馬に乗ろうとすると、二列縦隊を乱して二人のモートが近付いてきた。そのうちの一人は驚いたことに女性だった。男性と同じような長いコートを着ていたうえに、肌が漆黒なおかげで顔の造形が判断しづらかったので、かなり至近距離で見るまで気が付かなかったが、よく見れば顔つきは繊細で鼻や唇がやや小ぶりであり、他に比べると一人だけ小柄だった。長い金髪を頭部のだいぶ上で一本結わきにしていて、細く鋭い目が印象的だが彼女が美人なのかはわからない。

 エクアフの文化圏ではまず女性が旅をするというのは有り得ないし、組織的な活動に女性は参加できないものだ。モートの国を代表してやって来たのだろう集団の中に女性がいるというのが不思議に思えて、彼は女の方にばかり気を取られていた。

「私の乗る」

 無表情な顔で女が言ったが、イントネーションに疑問符はついていない。しかもひどく訛っている。

「私、軽い。君も軽い。私の馬、重いの強い。だからどうだ」

 女は一つ一つを丁寧に発音しているようだが、それでも聞き取りづらかった。状況と勘でなんとなく言いたいことは理解できそうだが、聞き取って意味を組み立て、内容を把握するのに、少々の時間が必要だった。イウは彼女の氷のように光る瞳を見つめたまま、言葉の意味を考えていた。

「幻影が言いたいのはですね」

 見かねた様子で横にいたモートの男が口を開いた。デミングかセウ=ハルフが言ったのではないかと思ったほどに、きれいなエクアフ語の発音だった。

 男の髪は短く白に近い灰色だったので高峰と見分けることができたが、もし同じ髪型であれば見分けるのは困難に思えるほど、男と高峰の特徴的な造形は似通っている。見た限りではモートは全員とんでもない面長で鼻筋が通っているもののようだ。

「この中で自分が一番軽いだろうし、君も軽そうだ。この馬は君くらい追加して走っても、だれるような柔じゃないから、私の方に乗らないか。ってことです。わかりました?」

 男のエクアフ語は幻影に比べると感動的なほどに上手く、高峰よりもずっと流暢だ。さっき聞いた彼らの、文字に起こせないほど滑らかな言語を思い出すと、似ても似つかないエクアフ語をここまで完璧に発音できることがにわかに信じられなかった。


- 126 -


[*前] | [次#]
しおりを挟む

モドルTOP