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 カルテニの空気は冷え冷えとしていた。クウェージアのあの白い都市の拒絶的な空気によく似ている。元々人影は多くない小さな村であり、加えて早朝ともなれば人影がないのはごく日常の風景だが、今日は漂う空気が違う。いつもののどかな静けさではない。殺伐として戦慄すら感じて取れる静寂だ。暗い朝の色がぼんやりとカルテニを照らし、希望的であるはずの夜明けはここにはなかった。村の者は家に引きこもり窓もドアも硬く閉ざし、それらが早く過ぎ去ることを祈っているのだろう。ここから見える馬小屋では馬が立ったままで寝ているようだ。馬ですらこの索漠を感じているのだ。異形の者が来る、と村全体が無言に知らせていた。

 確かあの日も彼はこうして窓の外を眺めていたな。と彼は思った。やけに冷える冬の日で、鉛色の雲がいつにも増して重そうであったことを、未だ鮮明に思い出せた。あの時は宮廷の窓から黒い髪のエメザレがやって来るのを、特になにかに期待するわけでもなく待っていた。エメザレを愚かだと思っていた。不条理を理解していないのだと。無謀で浅はかで死ににきたのも同然だと。理解しがたい憤りさえ抱いたように思う。その黒い髪の英雄があらゆるものを、全てと言ってもいいものを変えてしまうなんて――

 そして今は古ぼけた屋敷の窓から、漆黒の肌の訪問者をこうして妙に熱い気持ちで待ち望んでいる。嫌な既視感だった。

 それにしても、なぜエクアフという種族はこんなにも他者を拒むのだろうか。デネレアの時代にこの選民文化は一般化したとかつて教わった。支配者が自分と同じ種族をひいきするのはよくあることであり、世界の三分の一を統治した大帝国であるならば支配層の種族がそれを誇りに思うのは当然かもしれない。強い選民思想を誕生させるにはよい状況であったにせよ、今は全く状況が違う。エクアフの国は世界の隅でごく小さな領土を死守しているに過ぎないのだ。いわば斜陽の種族である。それでいてなぜ選民文化は降下の段階で淘汰されなかったのだろう。もしや、エクアフという種族はいまだにデネレアの支配を受けているのではないだろうか。昔々に滅びてしまった大帝国という形なき存在にまだ囚われている。おそらく滅びるまで、それはきっと継承されるのだ。

 悲しいことだ。エクアフはもうすぐ滅び去ることを知っていて、でもまだそのことを信じようとしないのだから。


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