5/6


声がそう言ったとたん、急に意識がはっきりとしてきた。心臓はまた脈を打ち始め、澄んだ空気をしっかりと吸うことができた。

重かった空気は瞬時に軽くなり、空は限りなく高い位置にあった。
雑音のように聞こえた鳥の鳴き声も、今は信じられないくらいに美しく耳に届く。日の光は温かく、風は優しく顔をなで、花の甘い香りが鼻孔に届いた。
そして目の前に現れた空中に浮かぶ顔のようなもの。その画像は不安定で、顔を形成したかと思うとすぐに、砂のように崩れて消え去り、また現れては形を作る。出現する顔はどれも鮮麗で優美なものだったが、表情は全く動かない。

「声?」

「そうだ」

口だけが動いて答えた。

「これを飲め」

画像は変形しはじめ、やがて豪華に装飾を施された杯の形となった。
イウは恐る恐る宙に浮かぶその杯に手を伸ばした。それは半透明で、一見すると触れられないようだったが、以外にも硬く重かった。なかを覗き込むと、なにか液体が入っていた。

「これは何?」

「液体としては水だが、遺伝子を修復する機能が付いている。
遺伝子が修復されれば、世界機構への再接続が許可されるだろう」

杯自体から声がした。微妙に杯の映像が乱れた。

「変なの。儀式みたいだ」

「君達はこういう演出が好きなのだろう?」

声は変な確信を持っているようで、自慢げにそう言った。


- 53 -


[*前] | [次#]
しおりを挟む

モドルTOP