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 そう声を掛けてきたのはイウと並んで進んでいる、エクアフ語の上手い男だった。声の軽さはセウ=ハルフに近かったが、表情はもちろん石のように硬い。イウと目が合うと男は小さな会釈をした。

「さっき名乗るのを忘れてたんですけど、僕は剽軽(ひょうきん)です。あだ名ですがね」
「ひょうきん?」

 あまりにもモートとは縁のなさそうなあだ名だったので、イウは危うく吹き出しそうになった。お世辞にも剽軽はひょうきんそうに見えない。声の印象でそんなあだ名が付けられたのだろうか。

「どうしてエクアフ語で意味のある単語で名前を名乗るの?」

 とイウは気になっていたことを聞いた。

「モート種族は音より意味を大切にするんです。それに僕たちの言語は発音が難しいから、他種族は僕たちの名前を発音するのも無理だと思います」
「確かにさっき少し聞いたけど、音として全然聞き取れなかった。それにしても剽軽はずいぶんとエクアフ語が上手いね」
「うん。そうなんですけど、モート語は不得意なんです。聞き取れるんだけど、発音が苦手で……というのも、モートって他種族に比べてすごく舌が長いんです。それで他の言語を喋ろうとすると舌が邪魔になって上手く発音できないわけなんですが――だから発音が下手でもリスニングはできているんですよ。で、僕は舌を短くする手術をしたんです。モート語を話すのに支障のない程度にって言ったのに、短く切られすぎて、おかげで他種族の言葉は上手いのにモート語が下手くそになってしまいました。まぁ、意思の疎通はできるから問題はないんですが、その事情を知らないひとと話すのは少し恥かしいですね」

 剽軽の話し方は極めて明るく面白さを含んでいる。無表情さえ直せば、確かに彼はひょうきんかもしれなかった。

「モート種族って笑わないの? 笑っちゃいけない規則があるとか?」
「そうですね。笑うのはあまり誉められたことじゃないです。感情を制御できていないってことですから、特に仕事中に笑うのはいけません。ばかにしているような印象を与えてしまいます。もちろんその感覚が世界標準でないのは理解していますよ。ただモートの変な美徳が長い間変わらないんですね。でも僕は休日に時々笑いますよ。子供の頃は笑いすぎてよく母に怒られたものです。三日に一度くらい笑っていましたから。だから僕のあだ名は剽軽なんですよ」

 剽軽の言葉にイウは少し安心した。モート種族もちゃんと笑うこともあり、母親に叱られることがあるのだ。あまり想像はできなかったが、案外普通の生活を送っているのかもしれないな、と思った。

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