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知っているはずがない。
 アンディゴウノの家名を知っているのは、主要の王族と側近の選ばれた数人しかいない。
 一体、誰だ。誰がぼくを狙っているんだ。

「そういえば、俺はお前の家名を聞いてなかった気がするな」

 セウ=ハルフは軽い口調で言った。
 ここで口をつぐんでしまっては、自分がアンディゴウノ・イウであると認めてしまったのも同然だ。なんとか毅然として振舞わねばならない。彼は息を吸った。

「それは秘密にしておきたいんだ。実はぼくはどうしてもオルギアに行きたくて、勝手に抜けてきてしまったんだ。セウ=ハルフは農民じゃないそうだし、こんなに立派な屋敷に住んでいる。まんいち警吏だったりでもしたら、ぼくは目的を達成する前にヴルドンへ返されてしまうかもしれない。だからぼくはできうる限り、個人情報を洩らしたくない。ぼくはオルギアに行きたいだけだ。本当にそれだけで面倒な事情を抱えているわけじゃないし、そのダルテスのことも知らない」

 彼が刺々しい口調で言うと、セウ=ハルフは驚いたような不思議そうな表情を浮かべ、何度か瞬きをし、少し考え、そして唐突に泣き出しそうな顔になった。

「なにを勘違いしているのか知らないが、俺は警吏じゃないぞ。俺はもっとお前に信頼されてると思ってたんだけど……。少なくとも、ヴルドンへは追い返したりしないさ。一応モートの研究団にお前も一緒に行けるよう頼んでやるつもりなわけだし……」
「ごめん……」

 気が抜けるほど本当にしょんぼりしてしまったセウ=ハルフを見て、彼はなんだかかわいそうなことをしたと思った。心持ちか、セウ=ハルフの頭に乗っている小さな帽子もしょぼくれているように感じる。

「いや、いいけど」

 と言いつつもセウ=ハルフは肩を落として小さくなってしまっている。その様子はただの子供のようだ。もしこれで嘘を付いていたのだとしたら、天性の詐欺師である。

「とにかく気をつけろよ。ダルテスはイウって名前の少年を標的にして、この近辺をうろうろしてるんだから。って、俺は言いたかっただけなのに……。せっかく無理して早く帰ってきたのに……」
「ごめん……本当にごめん」

 イウはセウ=ハルフの背中を撫でながら顔を覗き込んでなだめようとしたが、案外傷は深いようで、明後日の方向にぶつぶつと何かを言っている。

「セウ=ハルフさん。ワイン飲んでご飯食べて元気を出してください」

 いつの間にか姿を消していたデミルマートが昼食を持ってきた。

「あれ、昼食あるんですか?」
「きっとセウ=ハルフさんは昼頃に帰ってくると思って、昼食を作っておいたんですよ」

 その言葉を聞くと、セウ=ハルフはなんとも居た堪れない顔をして力なく笑った。デミルマートの勘は侮れない、ということらしかった。



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