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「そうだよ! だってぼくにはダルテスの知り合いなんて一人もいないし、狙われる覚えもない。それにクウェージアにイウなんて名前の奴はいくらでもいるもの。そうだよ、ぼくじゃないよ。きっと狙っているのは貿易商の息子あたりだ。クウェージアで他種族と交流があるのは貿易商しかいないもの。きっとそうだ」
「奴の言葉にはまだ続きがあるんだ」

 セウ=ハルフの表情は崩れない。まだ少年の無邪気さを捨て去れていない、悪意のない笑みを僅かに湛えている。それはなにか決定的なことを言わんとしているようにも思えた。イウはけしてそれに屈しまいと静かに唾を飲み込み、呼吸を整え、セウ=ハルフの次の言葉を待った。


「『お前の名前はイウか。アンディゴウノの』」


 一瞬、呼吸が止まった。鳥肌が湧き立ち、緊張のあまり全身が痺れに包まれている。
 アンディゴウノ。それはクウェージア王家の隠された家名である。なぜ隠されているのかいえば、それはもう四百年も前に捨てられたことになっている家名だったからだ。

 クウェージアは元々、黒い髪のエクアフであるノーマーリ王家が統治している国だった。そこへ隣国スミジリアンの王位継承戦争に敗北した時の第一王子デュードゥエがクウェージアへの亡命を希望し、ノーマーリ王家はそれを受け入れたのだった。そのデュードゥエがアンディゴウノ王家だった。そしてアンディゴウノ・デュードゥエ――正確には息子のベルドゥエはノーマーリ王家を乗っ取ってしまったのだ。形式上、ノーマーリ王家の養子に入ったことになっている。ゆえにクウェージアは先日の黒革命が起こる前まで形式的にはノーマーリ朝を引き継いできたことになる。しかし、黒い髪を嫌悪する白い髪の王族らは、黒い髪の家名を名乗ることを嫌い、アノディゴウノの家名を大切にした。
 よって代々、クウェージアの白い王子はアンディゴウノの家名を極秘裏に受け継いできたのだった。
 ちなみにご本家スミジリアンのアンディゴウノ朝は二百年前に滅びており、今はエルティエオという王家がスミジリアンを統治している。つまりダルテスの言った『アンディゴウノ』は明らかにクウェージアの王家を指していた。



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