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「そんな……!」

 彼は思わず震えた声を出した。
 イウにダルテスの知人はいない。長らく異文化を拒絶してきたクウェージアとダルテスにはもちろん縁などない。巨人のように大きく逞しく、戦争好きで横暴だと教わってきただけで、生まれて此の方見たこともない。狙われるような理由も思いつかない。第一、クウェージアの王子イウは死んだことになっているはずだ。死んでいないことが発覚したのだとしても、追ってくるのはクウェージアの新政府の軍人か、スミジリアンの警吏というのが筋だろう。

 しかし――彼は襲撃事件現場がマークされた地図に目をやった。そのダルテスはクウェージア移民の通ってきた道を辿って事件を起こしている。クウェージアとスミジリアンを結ぶ八号線街道を二度往復した後、クウェージア移民の目的地ヴルドンを三度襲撃。しばらく沈黙し、その先はほぼ正確に半径十キロの円を描いて旋回しながら、物凄い勢いで西に――つまり西端の村カルテニを目指すように向かってきていた。ダルテスが西へ進路を変えたのは、偶然にもイウが墓場で目覚めた日であった。そして今はカルテニの近隣にある町村にダルテスは潜伏しているのだ。

 どうにも嫌なものを感じる。気味が悪い。

 セウ=ハルフはなにか言いたげにイウの顔を見た。疑っているのは明らかだが、その表情からは見て取れない。いまだ親しみさえ浮かべたような、嫌味のない面構えなのだ。かえって恐ろしいものがある。

「でもイウってクウェージアの王子様の名前よね? クウェージアではイウって名前のひと、たくさんいるんじゃないでしょうか?」

 二人に割って入るようにしてデミルマートが口を挟んできた。
確かにイウという名は珍しくない。王族の子供には国民的な名を付けるのが習わしであったし、国民は王家への敬意と憧れの表しとして王族の名を付けたがるものである。よってイウは当然のように普遍的な名前であった。クウェージアの少し大きな道通りで、その名を呼ぼうものなら少なく見積もっても五人は振り向いただろう。



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