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 一人になった部屋で、緊張が途切れた彼は椅子に座る気力すらなく床に座り込んだ。指輪を握り締める手の震えは止まらなかった。鬱陶しくも震える指で、憑かれたように忙しく紙切れをほどくと、そこには数行の文が書かれていた。

“必ず迎えに行きます。私はクウェージアの王にはなりません。王位は古くからの友人に譲り、私は余生をあなたと暮らします。それが嘘ではない証に私の最も大切なものを贈ります。――エメザレ”

 どこからともなく涙がただ溢れてくるのがわかった。
 どうして。どうして、最後までエメザレを信じなかったのだろう。
 エメザレがとても正しいひとであると、一番知っていたのは自分であるのに。
 どうして、嘘だと思ってしまったのだろう。もう二度と会えないと思い込んで、どうして殺してしまったのだろう。
彼は声を押し殺して泣き、しばらくなにを考えることも、動くこともできなかった。息をするのも面倒なくらい、虚空に似た悲しみが脳を覆いつくして、否定的な感情以外もう永遠に抱けないようにすら感じた。

「ごめんなさい」

 誰にも聞こえないように小さく口の中で言った。
 彼はその頭で、その身体で、その皮膚で、冷たく果てしない喪失を感受した。それは生きる上で長らく感じていた類の孤独よりも、遥かに壮大な喪失であった。居場所という意味でも未来という意味でも、なんの安定も感じられない。安心を得られる当てもない。理解できないほどに広い世界で、彼の意識は確固たる意志を持って、支えもなく漂っているのだった。それでもエメザレという存在が残された最後の座標であり、明るい星のように、もしくは太陽のように、煌々と爛々と、美しく小さく強く荘厳に輝いていた。
 もう彼を救えるのは、エメザレという概念だけなのだ。
 イウは涙が溢れるのを諦めるまで、静かな声で泣き続けた。悲しかったのではない。哀しかったのだ。


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