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「持ってきた覚えはないんだけどな」

 白い服と指輪を受け取りイウは言った。見たところ指輪の銀は粗悪で宝石も付いておらず、ただ表面になにかのマークが刻印されているだけだった。内側には素人が無理やり彫り刻んだような文字で“エスラール(名無し)”と書いてあるが、彼にはそれがなにを表しているのかわからなかった。結んである紙切れのほうに目をやると、透けて反転した文字で“エメザレ”と書いてあるのが見えた。
 その名に、思わず彼は立ち上がった。小刻みに震える手で指輪は握り締めていたが、せっかくきれいになった白い服は床に落ちた。

「このメモを読んだ?」

 声は驚くほど揺らいでいた。

「いいえ。あたしは文字が読めませんから」

 デミルマートは落ちた白い服をひろい、たたみながら優しい顔で笑った。そして白い服をベッドの上に丁寧に置き、向き直るとイウの肩をそっと掴んでまた優しい顔をした。

「これはあたしの勘なんですけど、たぶんお坊ちゃんは入り組んだ事情を抱えていると思うんです。少なくともあたしにはとっても困っているように見えるわ。政治とか国がどうのとか難しいことはわかりませんが、ただセウ=ハルフさんの様子がおかしいことはわかります」
「おかしいってどういうこと?」
「あのお二人はとってもいい方なんですよ? 親切だし優しいし、権力を振りかざすこともしないし、偉ぶらないし、農作業だって嫌な顔もしないで手伝ってくれます。苗の植え方も上手いし、誰かが困っていれば助けてくれます。
でもセウ=ハルフさんはけして仕事に私情をはさまないひとです。モートのオルギア探査はスミジリアンにとってかなり重要な事柄だというようなことを、デミングさんから聞いた事があります。そんな重要なことにお坊ちゃんを巻き込むなんて変だわ。きっとなにか考えがあってのことだと思います。どうもセウ=ハルフさんは都市から来たエリートの警吏(警官)みたいなんです。あたしもデミングさんも、セウ=ハルフさんの本当の職業を知らないんで、めったなことも言えないんですけど、気をつけるには越したことないと思って」
「どうもありがとう。気をつけるよ。でも安心して、ぼくにそんな複雑な事情はないからね。ぼくはオルギアに行きたくて、ちょっと脱走めいたことをしたんだ。あんまり騒ぎになるとぼくを探しにくるかもしれないし、それを恐れているだけだから」

 親切なデミルマートに嘘をつくのを申し訳なく思いながらも、イウは精一杯の落ち着いた表情を作り静かに言った。

「そうですか。それならいいんです。じゃああたしは洗濯物を干さないといけないんで、失礼します」

 とデミルマートは軽くお辞儀をして、洗濯籠を抱え出て行った。


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