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 しばらくして、セウ=ハルフはシクアス語でおそらく『ラルレの空中庭園』と書かれた本を持ってきた。高級そうな皮の重々しい装丁にシクアス的な独特の模様が刻印されている。農民の親戚であるらしい彼らが持っているには不自然なほどに立派な本だ。この本の一体なにが、セウ=ハルフをここまで惹き付けているのかは定かではないが、相当読み込んでいるらしく、いたるところにしおりが挟まれていた。

「お前、貴族だしシクアス語は多少できるよな?」

「うん。多少ね……。本当に多少だけど」

「ここを見てみろ。『新造生物ゴルトバ』って書いてあるだろう」

 セウ=ハルフが指差した箇所には――『新造生物』は読めなかったが――確かに『ゴルトバ』とシクアス語で書いてある。イウが納得したようにうなずくと、セウ=ハルフは満足げな顔で口を開いた。

「主人公のアンジェルは、戦争で負傷して片足を失うが新造生物ゴルトバに治してもらう描写がある。それだけで、たいした登場人物でもないが、ゴルトバがどうかしたのか?」

「やっぱりそうだ。ゴルトバは身体を修復できるんだ!」

 思わずイウは叫んだ。

「そうらしいが、これは架空の話だぞ」

「そうか。ゴルトバは身体を治せるんだ……」

 イウの横でひらめいたようにデミングが呟いた。

「この子の言いたい事がわかった。エメザレの事だよ。クウェージア移民の話によればエメザレは生死に関わるような拷問を受けている。しかし革命を起こしたエメザレに負傷したような痕跡はなかったらしい。エメザレがゴルトバに身体を治してもらったとすれば辻褄は合う、ということだね?」

 デミングにそう訊ねられて、イウはやっと自分の犯した失態に気が付いた。己の発言でエメザレの件に一層の興味を抱かせてしまったのだ。もしこれ以上エメザレの件を詳しく調べられたりすれば、かなり早い段階でエメザレの消息が絶たれている事実にたどり着くだろう。いや、すでにクウェージアでは事態に気付いて混乱が起きているはずだ。もうエメザレの死体が見つかっている可能性もある。カルテニまでその情報が到達するには今しばらくの時間が掛かるにしても、できるだけ早くオルギアに発たなければ、彼が捕まる確率はどんどん高くなっていく。
 彼はにわかに混乱して、デミングの問いにうなずきもせず目を反らせた。


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