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「帰ったよ。エメザレ」

彼は私の部屋のドアを静かに開けて入ってきた。エスラール。それは私の親友であり恋人の名だ。
世間では白い眼でみられる同性の恋人。嫌悪と軽蔑の眼差しで、私たちは見られ馬鹿にされる。
どんなに嘲笑されようとも、私を見捨てなかった、愛しい恋人だ。
背が高く、しっかりとした体格で、年は同じだが私より無邪気だ。
この国では弱者の象徴であるような黒い髪を、少し長くして癖のある髪質とうまく合わせている。

「おかえりなさい」

私は言ったが、おそらくエスラールには聞こえなかっただろう。
つまらないことだが、私は自殺を試みて自分でのどを切ったことがある。そのせいで、のどが潰れてしまってうまく声が出せないのだ。
それでも、そばで耳を澄ませてくれればなんとか意思は伝わるようだ。

「お前の好きそうな本を買ってきたよ。留守にして悪かったな」

「ありがとう」

そう言ったものの、私はあまり嬉しくなかった。
本を買う金の余裕などあるはずがないのだ。それでも、本を読むことくらいしか楽しみがない私のために無理をして、彼はいつもどこかに行くときは本を買ってきてくれる。自分のことはいつも後回しで、私のことを心配してくれる。
でも私はそうされる度に自分を情けなく思う。

「すまない。手が痛かったか? きつく結びすぎた?」

赤黒く変色した私の手を見て、エスラールは慌てて紐を解いた。
彼の留守中に二度も自殺未遂をしたから、それを恐れてこんなことをする。
申し訳のないことをしたと思っている。私は二度も彼を裏切った。でも、死の誘惑に勝つ自信がないから、手を縛られても仕方がない。

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