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私が育った、国立軍事教育所であるガルデンからは不名誉除隊をさせられ、更にガルデンのある軍事都市ザカンタからは永久追放された。
つまり死ねということだ。私はそれでも構わなかった。私は自分のできることはしたし、力が足りなかったのは自分のせいだと思っていたからだ。
だが、愛すべきエスラールだけは、唯一私を見捨てずに、あろうことか軍を脱走してまで私についてきてくれた。これは死刑に値する罪である。
従って、エスラールもまた、ガルデンからは除名処分にザカンタからは永久追放された。

軍人の地位を剥奪され、何も持たないままに逃げ出してきた私たちには住む場所も一文の金もなかった。
私たちはしばらく、放浪した。目立たないように、ある時は橋の下で、ある時は路地の隙間で眠り、食べ物は畑から盗んだ。

どこか遠くへ行ければよかったのだが、私を連れて長旅をするのは無理だとわかったエスラールは、外国へ行くことを諦め、ザカンタの隣町でひっそりと暮らすことになった。

そしてちょうど、二十五年の途中兵役を終え、ガルデンを出てザカンタ内で家と家族を持つことを許された、同期のヴィゼルが私たちを探しにきたのだ。

ヴィゼルは、初めてザカンタを出た日に、初めて関係を持った女性と結婚した。彼女は娼婦だったが、エスラールが言うには愛嬌のある可愛らしい女性であるらしい。
二十五年分の給料が国から支払われ、小さいながらも家も与えられたヴィゼルは、自由になった途端、私たちの行方が心配になったそうだ。

ヴィゼルは自分のもらった中から五年分の給料を私たちにくれた。その代わり、エスラールはガルデンの同志が率いる革命軍に協力することになった。

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