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私は体ごとを壁に耳を押し付けた。壁の薄いこの家は、少しでも大きな声をたてれば、壁に耳を当てなくても隣の部屋に丸聞こえだ。
隣の部屋のドアを開ける音がした。

「なんだ、来たのかヴィゼル。エメザレとなんかしゃべってればいいのに」

明るいエスラールの声がする。

「エスラール、例の話は考えてくれたか?」

深刻そうな低い声でヴィゼルが言った。

「…ああ、それは、その話はまだ……」

「エスラール。お願いだ。俺と一緒に来てくれ。お前の力が必要なんだ。お前の強さと統率力があれば民衆の士気はあがる。俺たちの夢まであともう少しなんだ。
おそらく白い髪は、北の国スミジリアンから応援を呼ぶだろう。人数では負けないだろうが、装備は黒い髪が圧倒的に不利だ。士気が頼りなんだ。民衆は君を英雄と呼んでいる」

「エメザレは? あいつも英雄だ。英雄だった。今じゃどうだ」

かなり強い口調でエスラールが返した。

「気まぐれな民衆をうまく、操るのも英雄の仕事だ」

「エメザレを置いていけない!」

「エメザレは連れていけない。目立ちすぎるし、足手まといだ。あんな体で連れていったら、ザカンタで捕まってしまう。そんなことになったら、俺もお前たちも革命も全ておしまいになるんだぞ。言わなくてもわかるだろう。
だが、心配しなくていい。エメザレの面倒は俺の召使がみる」

「駄目だ。また、死のうとしたらどうする! 俺のいない間になにかあったら……。俺は一生自分を許せない。エメザレが死ぬのが一番つらい。
頼む。わがままは承知してる。こんなに世話になって、なにも返せるものがないなんて、馬鹿にしてると言われても仕方ない。でも、どうしてもエメザレが大切なんだ。本当に済まない」

悲痛なエスラールの声の後しばらくの沈黙があった。

「わかった。今のことは忘れてくれ。無理を言って悪かったな」

「ヴィゼル」

「エメザレとおしゃべりでもしてくるよ」

そして、隣の部屋のドアが閉まる音がした。

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