7/11 「ああ、そうだよな。ごめん。何か作ってくるよ。何が食べた い?」 「なんでもいいよ。あんまり手間のかからないものでいいからね」 そう言うと、エスラールは大きくため息をついて立ち上がった。 「いつも、そればっかり! たまにはなんか、リクエストでもしてくれないとやる気がでない」 少年のように頬を膨らますエスラールの顔が、無性に可笑しくて私は笑った。 「じゃあ、卵焼きね。甘口で」 「おう! 任せろ」 はりきって部屋を出て行く彼の背中を見送って、閉まるドアの音で私は現実に引き戻される。 ここは墓場なのだと。もっと苦しめと。一生、床を這いずっていろと。 いらない言葉たちが私を襲ってくる。期待を裏切られた民衆の叫び声。罵る声。皆、私を恨んでいる、いやな言葉たち。 だから、私はそれを振り切るために、さっきの本を開いた。本は別世界の入り口だ。私はいつだって本の中では自由に手を動かせるから。 本からは古い香りがする。かび臭くて湿った臭いだけれど、どこか心地よい。柔らかな皮の表紙をめくってみれば、中はひどく汚れていて、書かれている文字がどうにか読めるくらいの状態だった。かなり注意して紙をめくらなければ、簡単に本自体がばらばらになってしまいそうだ。 私はその本を注意深く膝の上にのせ、どうにか自由の利く右手を駆使して読み始めた。 [*前] | [次#] しおりを挟む モドルTOP |