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 背の高い古木が生い茂る広大なファイマールの森の、物流の道より大きく逸れた、文明のかけらも感じられないほどに深い森の中を、アンヴァルクは何かに引き寄せられるように、寸分の迷いもなく進んでいった。
 もうずいぶん前からメルヴィトゼンは森のどの辺りを走っているのかわからなかったが、全力でしかも恐ろしく正確に馬を飛ばすリアスの後ろを、その硬質な樹木に何度も激突しそうになりながらも、なんとか付いていくのが精一杯で、声を発して質問するような余裕は全くない。
 
 しかし周りをのんびり見渡せる速度ではなくとも、目の端に映る空の色は赤味が差していることから、日は沈み始めていることはわかった。先ほどまで頭上で確かな存在感を放っていた攻撃的な日差しは勢いを弱め、今は木と木の隙間から鬱陶しい光線を真横から放ってくる。
 一体いつまで走り続ける気だ。
 いい加減に一度馬を止めようか、と思ったとき、彼を少し引き離して走っていたリアスの背中が止まるのが見えた。

「ずいぶんと遠かったな。ここはどこだ」

「ここには誰も来ない。ずっとお前に見せたいと思っていた。私の庭だ」

 と微笑んでリアスは馬を降りて歩き出したので、彼も馬から降りると早足なリアスの後を追った。

 そこには小さな小さな青いルーノリアの花畑が広がっており、可憐にも己の存在を最高まで誇示するようにして咲き晴れていた。花畑はほぼ正円で中央が最も青が深く、外側に向かって段々薄い色のルーノリアが植えられている。花々は大地に根を生やしていたが、ここまで滑らかな濃薄を作るのにそれなりの時間を費やしたに違いない。
 なぜ、ここまで美しく育てておいて、誰も来ないような森の中に庭を作ったのか、彼は不思議に思うと同時に残念にも思った。偶然にもこの場所を見つけた者は、森の中にぽつりとある奇妙な庭を生涯忘れられないことだろうに。

「お前の庭? まさか、この花の手入れをお前がしたというのか」

「そうだが、おかしいか」

「ああ、おかしいね。アンヴァルクがガーデニングとは」

「ここだけではない。私の庭は世界中にいくつかある」

「いくつも作ってどうする? 庭を作る意味は?」

「世界を美化している」

 なるほど、いかにもアンヴァルクらしい答えだ。リアスは花を愛しんでいるわけでも、もちろん植物を育てることに心癒されているわけでもない。ただ、花が美しいことを理解して、美しいものを世界中に置いただけなのだ。

 アンヴァルクらしい答えしか返ってこないことを知っているくせに、なぜか妙な期待をして理由を聞き、そして何度も失望する。聞かなければよかったといつも後悔し、しかしまた期待してしまう愚かな自分がいる。
 この諦めない性格は、あの恐ろしい姉に似ているのかもしれない。

「そうか」

 メルヴィトゼンは哀しく微笑んだ。

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