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 メルヴィトゼンは部屋の中央に立った。たくさんのかつての友人たちがいっせいに彼を見る。しかし何も言わない絵画たち。さすがに恥かしいので、絵や像に話しかけたことはなかったが、今日ばかりは「リンドーラはどうなるだろか」と呟きたくなった。

 この部屋をみればわかるように、彼は欠点がないわけでもなければ、完璧な強さを持っているわけでもない。しかし彼が去勢を張り、常に最高の状態を見せたがるのは、彼がそう見られるのを望んでいるからではなく、ヴェーネンが永遠を生きる彼にそう望んでいたからだ。

 人前で弱音を吐くことも、不安定な部分を見せることもできないのは――ゆえに孤独でなくてはならないのは、弱い自分を見せれば確実にヴェーネンは勝手に失望して、偉大王の存在に安心することはなくなるからだ。

 完璧を装うことは苦しみを伴ったが、苦悶を超越してこそ己が永く生きる意味があるのだと信じた。それを無理にでも続けてきたのはリンドーラが愛しく大切でかけがえのない存在であり、なおかつそうすることで少しでも姉の大罪を償えると思っていたからなのだが、それにも関わらずリンドーラが膨れ上がった無意味な己の偉大さ以外に支えるものがなく、そして崩壊していくのなら、それはなんと残酷な結末だろうか。

 先ほどのラズーニンの、あの表情。あの視線はもはや神に向けられるものだった。その視線が向けられる方にとっては、どれほど辛いものかわかっていないのだ。
 おれはいつから神になったんだ。
 心の中には苦しみと共に、どこにぶつけることもできない怒りがくすぶっていた。絵画たちが向ける意思なき視線すら鬱陶しくなって、彼は逃げるようにテラスに出た。

 気が付けば日はとっぷり暮れている。厳命の規模が大きかっただけに多少手間取った自覚はあったが、これほどまで夜が深くなっていたことには気が付かなかった。
 メルヴィトゼンは城の高いテラスから、栄華輝く美しい王都ヒューダスを眺めた。遠くには小さな明かりをつけた王の使者がまるで蛍のように闇を駆けている。

テラスに出るのは久しぶりだ。勃興して繁栄の頂点に立つリンドーラの幸せそうな人々の笑い顔、仕事終りの男たちが通う酒場の暖な明かり、裏路地で愛を囁きあう恋人達。このテラスからはそんなものまで見えてしまう。
 それは王としては嬉しいことであり、それを望んであの超大国デネレアから――あの陋劣な姉から絶縁を突きつけて独立したのだが、一人のヴェーネン(人間)としての彼には、一瞬一瞬を脆弱にも美しく生きるヴェーネン(新人類)が、閃光を放つ流れ星のように感動的で、そして一面の夜空に流れ星が降り注ぐ光景はある種の――古代人が世界の終りを恐れるかのような――恐怖があった。

 だが今は、彼も一瞬を生きている。恐怖に咽び悠遠に叫び続けていた愚かな古代人は口をつぐみ、明日彼の世界は終わるのだから。

 しかし、誰もいないテラス。最後にここで共に過ごしたひとは誰であったか。せっかくの一瞬を手に入れたが、哀切にもメルヴィトゼンは孤独そのものだった。こんなにも独りが虚しいと感じたことはない。今までそれを超越してこその自分であると自負してきたのだが。

 もしも絶縁せず、デネレアから独立しなかったら、アシディアは今、隣にいただろうか。
 彼はふと姉のことを思った。あのアシディアの弟という事実。どんなにその事実を消したくても消えることはなかった。

 彼は隠すように着けていた首飾りを手に取った。くたびれた茶色い紐についているのは小さな白い宝石だ。それはずっと昔にアシディアが身に着けていたものだった。しかしほんの一瞬眺めただけで、彼はもう忘れ去りたいのだと言わんばかりに、また隠すようにして肌着の下に入れてしまった。

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