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 メルヴィトゼンが自室の扉を開けると、リアスはメルヴィトゼンが部屋を出たときと一歩も変わらず同じ場所、同じ姿勢で待っていた。
 像のように佇み微笑を湛えるアンヴァルクは、本当にその隣にあるメルアシンダの像と変わりのないように思えた。

「終わったぞ」

 そんなリアスに彼は声を掛けた。

「解決したか」

「さぁ。未来のことはわからん」

 と答えて彼は着替えだした。あまり服装にこだわる性質ではなかったが、それでもいつも王にふさわしい服を着ていたので、それでは人目を避けるのに不都合だろうと、昨晩探しておいた相当昔に「旅人一式」と称して自身が着ていたものを身に着け、靴もサンダルに履き替えた。「旅人一式」は大切に保管していたが少しかび臭くなっていた。それでも懐かしい着心地は彼を楽しい気分にさせた。

「そうだ、メルヴィトゼン。人目に付かない場所というのは具体的に決まっているのか」

「いや、決めてない」

「なら、その場所を私が決めてもいいか。見せたいところがある」

「構わないが、一体どこに行くつもりだ」

 どの道、彼はリアスにちょうどいい場所に案内してもらうつもりでいた。世界中の地図が完璧に頭に入っているアンヴァルクは、ヴェーネンが知らないような絶景の穴場も無駄によく知っている。リンドーラの国王になる前までは、旅行とまではいわないが、リアスとよく旅をしたものだ。確かその時もこの服を着ていたな、と思い出した。

「それは着くまで秘密にしておこう。お前に死が訪れる前に着ける距離にあるから心配するな」

「ところでおれは、どんなふうに死ぬんだ」

 いまさらな質問だが、ふと気になった。

「苦しむことはない。その時が来れば死ぬ」

 リアスはそんな曖昧な答えをよこしたので、「その時とはいつだ」と聞きかけてメルヴィトゼンは口を閉じた。もし正確な時間が決まっているのなら、アンヴァルクは必ず言うだろうし、言わないということはどんなに聞いても無意味なことであると思い出したのだ。もしや、旧ヴェーネン一人一人で死ぬ時が違うのだろか。あの演出めいた機構のことだ、時機を見計らって終焉の美を飾るような死のシナリオを用意しているのかもしれない。

「そうか」

「用意は終わったか」

 着替え終えたメルヴィトゼンを見てリアスは言った。彼は死の旅出を共にする何かはなかったか、と物の溢れる部屋を見渡した。もちろん全てを持っていくのは無理であるが、なにが一番大切かと問われても甲乙付けがたい物ばかりで、一つを持っていこうとすれば全てを持っていきたくなるだろうと、彼は何も持たずに行くことにした。

「ああ、もう終わったよ」

「では行こうか」

 淡白なアンヴァルクは早々と歩き出したが、メルヴィトゼンは部屋の中央で止まった。
 物言わぬ絵画達がいっせいに視線を差し向ける。この奇妙な心地よさともお別れだ。 彼は僅かに古い香りがする部屋の空気を吸った。

 さようなら。大切な大切な思い出達。かつての仲間達。愛しい者達。メルアシンダ。
 さらば、皆のもの。

 誰というわけでもなく、それら全てに彼は静かに頭を下げた。

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