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「メルヴィトゼン。一つ、気になったことがある」

 リアスは思い出したかのように言った。

「気になること?」

「アシディアはアンヴァルクの遺産であるアルトの石の管理を任されていたはずだ。だが、我々が確認した限りではアシディアはアルトの石を所持していなかった。その件について我々は散々質問したのだが、アシディアの回答は得られなかった。おそらくどこかに隠しているのではないかと考えている。お前に思い当たる場所はないか?」

「思い当たる場所はないが、アシディアは確実にアルトの石を紛失している」

「なぜ、そう言える」

 アンヴァルクは変に可愛く小首を傾げた。

「アルトの石が手元にあったならば、自国復興のためにとうに使っている。なにしろゼーレの脳となんの躊躇もなく融合したんだ。アルトの石を使わなかったということは、あの女の手に届かない場所にあるということだ。安心していいだろう」

「なるほど」

「それはそうと、リアス。お前に頼みたいことが三つあるんだが、きいてくれるか」

 彼はまた料理酒を一口含んでから、グラスに残った琥珀色の液体を眺めた。

「なんだ」

「まず一つ目、アシディアに手紙を渡して欲しい」

 と言ってメルヴィトゼンは後ろの自室に入ると、机に置いた手紙を手に取った。
 それは姉との関係を粛清したいと願ってきたメルヴィトゼンの最後の妥協でもあった。宛名には『我が姉アシディアへ』と書いてある。アシディアを姉と呼ぶのは何千年ぶりだろうか、そしてこれが最後なのだ。
 話しの途中であることを承知しつつも、ほんの一瞬だけ彼は感慨に浸った。どの道、待たせているのはアンヴァルクである。本来ならば気を使う必要もない。
 テラスに戻ると案の定、リアスは部屋の方を向いて微笑を浮かべ立っているだけだった。

「だが、すぐにではない。あの女は必ず再び世界征服を試みるだろう。しかも今度は機構レベルで、だ。その手紙はアシディアが世界危機を起こした時、もうそれ以外に手段が無いという時まで、切札としてお前が持っていろ。これは必ずアシディアに変化をもたらす。心変わりとまでいかなくても躊躇はするだろう。使いどころを誤るなよ」

「わかった。預かっておこう」

 手紙を手渡すとリアスは受け取った。ヴェーネンとは桁違いに合理的なアンヴァルクであれば、有効に使用してくれることだろう。

「それと二つ目、おれの死体を隠してほしい。できれば燃やすか解体して処理してくれ」

「意図は偉大王の死を隠ぺいすることか」

 普通ならば言われた方は驚いて言葉を詰まらせることだろうが、アンヴァルクの顔色は当然のように変わらない。こういうときばかりはアンヴァルクの冷静さが役に立つ。下手に泣かれてもこちらが心を乱されるだけであるし。

「そうだ。こんなことはお前にしか頼めない。おれは明日、早朝の緊急議会に出て事情を説明したらすぐにここを去る。できるだけ遠くの人目につかない場所で死にたい。おれの死が露呈すれば必ず不安定な情勢を狙って隣国が攻めて来る。せめて情勢が安定するまではおれの死を隠せねばならない」

「いいだろう。お前がそう望むなら」

「それと三つ目は……」

 彼は言おうとして気が変わった。

「三つ目は?」

「いや、これは最後に言おう。死ぬ前に」

 そう言ってまた酒を一口飲んだ。
 生ぬるい真夏の夜風が二人を包み、リンドーラの街灯をわずかに揺らしていた。

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