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「使者を見ている」

 彼は振り返らずに、小さな明かりが点々と灯る夜の王都を見渡した。

「こんなものを飲んでみてはどうだろう」

 と、リアスは琥珀色の液体が入ったグラスをメルヴィトゼンの目の前に差し出してきた。振り返ればリアスも同じものを持っている。とりあえず素直に受け取って香りを嗅ぐと、爽やかなアルコールの匂いがした。アルコールに頼るようなヴェーネンらしいことを彼は久しくしていなかったことに気付いて、それがなぜか面白かった。

「アンヴァルクが酒とはな。お前も飲む気か」

 つい失笑しながら、そう聞くと

「飲む」

 と真面目な顔でリアスが答えて飲んだ。

「アンヴァルクが酒を飲むとどうかなるのか?」

「完全分解される。質量や構成物質に影響はない」

「変わらないな。リアス」

 旧世界で同じような質問をして同じような答えが返ってきた。アンヴァルクの回答のテンプレートは決まっている。単語の配列一つ変わることはないのだ。

「ところでこの酒はどこから失敬してきたんだい」
 
 せっかくなので一口飲んで彼は聞いた。

「厨房にあった」

「だろうな。これは料理酒だ」

 なにが可笑しいのか、自分でも不思議に思うほどメルヴィトゼンは笑った。料理酒を口に含む度その華麗な味がなんとも間抜けで、しかもそれをアンヴァルクが真面目な顔で持ってきたのかと思うと失礼ながら滑稽でもあり、隣で首を傾げているリアスを尻目に彼は長らく笑い続けた。

「死を前にして笑えるから、お前は偉大王なのか? お前はもう笑わないと思っていた。ともかく笑ってくれて良かった」

「またアンヴァルクは、とんちんかんなことを言う」

「私はおかしなことを言ったか?」

「確かに死を前にして笑っていられる人物はすごいかもしれないが、さっきのおれの狼狽ぶりを、お前はもう忘れたのか」

 苦笑しつつも、いつの間にやらメルヴィトゼンの真横に立っているリアス顔を見た。 アンヴァルクの不変に美しい顔。アンヴァルクにとっては、己の見た目など最もどうでもいいことの一つだろうが、少なくともヴェーネンにとってその造形は、崇拝の対象にするのにわりと重要な事柄だった。元々、そういうふうに――性別のない不変に美しい存在として、崇拝の対象になるように演出掛かってわざわざ神秘的に造られたのだから。

 その、彼と同じく老いることも醜くなることもなく永遠を生きる存在は、理想の仲間であったように思えた。アンヴァルクに心がなくとも、いやなかったからこそ時に悲しくはありながらも、自分に都合よく付き合えたのだ。今まではそれでよかった。

しかし。

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