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「私なき後、この国はどうなるとお前は考える」

「陛下の存在がリンドーラから消えることがありますれば、確実にリンドーラは崩壊することでしょう」

 その口調は確信めいており厳しかった。

「では私はどうすればいい」

 ここまで率直に、ことを聞いたのは、おそらくヴェーネンに対して初めてだった。

「恐れながら、わたくしめの愚案を申し上げますと、陛下の存在が消えなればよいのです。つまり、リンドーラへの帰還を約束されたまま去ればよい」

「しかし、私は――」

 明日死ぬのだ。
 メルヴィトゼンは言葉を詰まらせた。先ほど「死」という単語を使わず、「帰らない」と言ったのは、知らず知らずのうちに彼もラズーニンと同じことを考えていたからかもしれない。己の死でリンドーラが滅びるなど恐ろしくて認めたくなかったが、ラズーニンの答えで、そうなのだと諦めがついた。

 愛しい国。しかしあらゆるものはいつか朽ちる定めにある。それを認めなくては何事も前には進まないものだ。

「陛下は必ずやリンドーラに帰還されるでしょう。されなければ――されると約束なさらなければ、リンドーラは一年と持ちませぬ」

「しかし――」

 そんな嘘で乗り切れるわけがない。
 いくらヴェーネンが彼に比べて知識が劣るからといって、そんな言葉を信じていつまでも待ち続けるほど魯鈍だとは思っていない。信じたとしても、せいぜい三年くらいが限界だろう。新たな支配者と新体制を望む声があがるのは目に見えている。そんなばからしいことをするなら、真実を話してしまった方が、よほど道が拓ける気がするが。

「陛下! 貴方様はご自身のことを理解しておられない!」

 突然、ラズーニンが声を荒げた。メルヴィトゼンが口を開く間も与えずに、ラズーニンは強い口調で続けた。

「貴方様がどれほど偉大で巨大で恐ろしく完全な存在なのかをわかっておられないのです。リンドーラの十二州の領主達は、わたしくも含めてこの国の諸侯は皆、陛下の足元どころか足の下にも及ばない。陛下の誰もが服従したくなるような、どうやっても認めざるを得ないほどに強靭な統率力も能力も持ち合わせていない凡庸な者達ばかりなのでございます。順位をつけたとて、貴方様の御前では結局誰でも変わらないような差しかございません。陛下の跡をヴェーネンが継ぐのは無理なことなのです。
それに陛下は永遠でございました。百年などたった一瞬の出来事なのでございましょう。それを知っているリンドーラの民ならば、百年でも二百年でも貴方様の帰還を待ち続けることでしょう。貴方様が例え……、この世から消え去るのだとしても、リンドーラからは消え去らないでくださいませ」

 その崇拝の気迫は、メルヴィトゼンの息が詰まるほどだった。
 屈強な自信を帯びて無謀なことを言うラズーニンが無意識にアシディアと重なって、密やかにも自分が怯んだことに気付いた。もちろん彼の威厳に満ちた表情が崩れることはなかったが、僅かな怯えを証明するように押し黙ってしまった。

「わたくしはいつも貴方様のお傍にいました。わたくしの名を知らなくとも、目の端にすら映してくださらなくても、わたくしはずっとずっと何十年も前から、幼い頃から貴方様に憧れ尊敬してきた――いつか貴方様のお役にほんの少しでもいいから立てたらと……ずっと、陛下をそっと、遠くから見ていました。
ですらか、陛下がリンドーラをなにより大切にされていることが、痛いほどわかります。わたくしの意見は陛下を愚弄するものかもしれません。ですが、リンドーラを救うにはそれしか、それしか方法がないのでございます。ご無礼をお許しください。しかし、わたくしは……わたくしは、陛下。あなたはもう、きっと――」

「もういい、わかった。助かったよ、ラズーニン」

無理に微笑んでメルヴィトゼンは言った。

「ご無礼を……ご無礼を申し上げました」

老人は深く深く頭を下げ、そして静かに少し名残惜しそうに王の部屋を去っていった。

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