2/4 「突然呼び出してすまなかった」 相手はさぞ驚いているに違いない。今まで見向きもしなかった相手に、突然巨大な事柄を伝えて意見を仰がなければならないことに罪悪感すら覚えて、ただただひれ伏している、ずっと年下の老人に優しく言った。 「いえ、陛下。滅相もございません。このラズーニン、陛下よりお声がかかる日を……長い間待ちわびておりました……。わたくしのような無知で老いた宰相を、一度でもお呼び立て頂いたことを、人生の誇りに思う所存でございます」 ラズーニンがそう言うのも無理はない。メルヴィトゼンがリンドーラの国王になってから何代宰相が代わったのかは知らないが、たとえなにかを相談したとして、次に彼がまた相談する時は確実に別の相手になっている。むしろ相談を受けた宰相のほうが珍しいくらいなのだ。 ちなみにラズーニンとはメルヴィトゼンがつけた宰相の別名である。宰相を務めるその老人の本当の名をメルヴィトゼンは知らない。百年も生きないヴェーネンの名を覚えるのは、一瞬で消えゆく流れ星の名をいちいち覚えるのに等しい。宰相という役職柄年、就くのは老いた者が多く、余計に目まぐるしく変わるので、初代宰相のラズーニンの名を取って代々宰相をラズーニンと呼ぶことにしている。個人を廃絶して接していることを申し訳なくは思うが、そうでもしなければとても彼の孤独に晒され続けている、強靭にも危うい精神が持ちそうにない。 「今までの非礼、許して欲しい」 「許すもなにも、貴方様は雲の上の、天上のお方。わたくしめのような卑しい下々に詫びる必要などございません」 「どうか、顔をあげてくれ」 「恐れ入ります」 静かに面をあげたラズーニンの目には涙が滲んでいた。詩人のような風体で知識深げな面持ちであり、控えめな印象だったが強い信念のようなものを帯びた眼差しをしている。ダルテス種族の赤味を帯びた白い肌にはたくさんの染みと深いしわが刻み付けられ、プラチナブロンドの髪は全体的に弱々しく頭を覆っていたが、しっかりと真っ直ぐに伸ばされ後ろで結ばれていた。 かつて大柄であったであろう体躯は――今でも充分長身の部類にはいることだろうが、年と共に縮みこんで腰はわずかとは言えないほどに湾曲しており、そして奇妙にも老いたその顔から、活発な若者の片鱗を見て取れる瞬間があった。その若者を以前どこかで見たような、かすかな記憶が小さく蘇ったが、はたしてそれがこの老人であったかは知れない。 「力を貸してくれ。ラズーニン」 「どのようなことでも、命の限り陛下にお仕えいたします」 「私は、世界機構より召集を受けた。私は明日の昼には出立し世界機構に赴かねばならない。そして、もうリンドーラに戻らない」 メルヴィトゼンの言葉を聞くとラズーニンは固まった。その老いた顔に哀れなほどの絶望の色がみるみる映し出され、額のしわはもう戻ることはないのではないか、というくらいに深く寄せられた。 [*前] | [次#] しおりを挟む モドルTOP |