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「アシディアは死なない。ゼーレと融合したことで異形の者となり旧ヴェーネンではなくなったからだ。アンヴァルクの遺産と同じ、世界終了まで削除できない存在となった」

 メルヴィトゼンは押し黙った。
 存在する全ての旧ヴェーネンが死ぬ。アシディアを入れれば十三人だが、そのたった十三人が世界を動かしていたと言っても過言ではない。旧ヴェーネンが統治する七つの国は世界七王国と呼ばれており、じつに超大陸の八割を支配していた。もちろん世界七王国の中にはリンドーラも含まれている。この七王国が明日一変に滅びることになれば、長らく続いた安定の時代は終りを告げ、混沌の時代へ突入することになるのだ。これまで旧ヴェーネンの生きる速度に合わせて緩やかに流れてきた世界の変動は、確実に激流のごとくになるだろう。
 
 でもそれが、本来の新世界の姿なのかもしれない。生き過ぎた旧ヴェーネンは今こそ退くべき時なのだ。しかし、新世界に残ることになる唯一の旧ヴェーネンがアシディアなのである。最悪の事態だと言ってもいい。そしてそうなったのには少なからず自分の責任も含まれているうえに、己がどうにかできる時間もない。旧ヴェーネンが終幕するのは潔く受け止めるとしても、そのことだけはどうにかしなければならない。

「アシディアは、あの女は今どこにいる」

 しばらくの沈黙の後でメルヴィトゼンはやっと口を開いた。

「アシディアは機構の支配下にある第一世界に幽閉された。アシディアが基本世界に帰還することは世界が続く限り永遠にないだろう」

 第一世界とは、機構とは独立した次元にある住基盤(魂)の管理空間である。機構同様にそこがどんな場所か、またどこにあるのかは知らないが。

「アシディアが機構を支配する可能性はないのか。ゼーレの脳と融合したのならば、あの女も機構を支配する方法を知ったことになる」

「機構に関しての情報が漏洩していないことは確認している。ゼーレはアシディアの身体を母体にしたことで、ある程度の機能を復活させた。融合したと言っても意識は分離しているので、脳の情報を共有しているわけではない。脳の情報が漏洩する確率は融合前よりずっと低くなった。ほぼないと言っていい」

「だが、可能性はあるんだな」

「ある」

「物事というものは失敗する余地があれば失敗するものだ。リアス、アシディアを侮るな。どんな低確率でもあの女は諦めないぞ」

 そう言って、メルヴィトゼンはゆっくりと立ち上がった。
 窓から差し込む光がその偉大王を照らしている。
 彼は世界が正しくあれと願い、誰かが幸せであるように祈り、希望の尽きない人生を全てのヴェーネンが送れるように努力した。そこに自分が永遠を生きる意味を見出していたかった。ヴェーネンと同じ思想の次元を逸脱できないのならば、よもや彼が長々と生きる意味も生きた意味もないのだ。ヴェーネンを超越してこその偉大王メルヴィトゼン。

 彼は受難を受け入れ、尚かつ威厳を完全に挽回させた。死への畏怖は克服され、今は何より襲い来る最悪の事態を回避すべく、彼は最後の歩を進める準備に取り掛かっていた。
 偉大王、お前は死ぬ前にすべきことがあるだろう。
 いまそこ、あの時の断罪を行使できなかった己の弱さと決着をつける時だ。
 そこにはもう、不安定なものは何もなかった。

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