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 なぜあの時、自分は姉を討たなかったのか。殺さなければならないと何度も自分に言い聞かせ、ひざまずかせて剣まで振り上げたのに。
 なぜ殺せなかったのか。
 殺していれば、こんな恐ろしいことにはならなかった。
 あの女は世界を恐怖に陥れ、リンドーラに敗北し、そしてもう一度、反省することもなく世界を征服しようとしている。
 
 あの女は信じているのだ。世界で最も自分が正しく偉大で、無限の力を持ち全てを支配し、そしてそれが世界にとって最高に幸せな形態であると。
 アシディアがしてきた差別や弾圧は恐ろしいことであるが、なによりも恐ろしいのはか弱いアシディア自身ではなく、それが素晴らしいとなんの悪気もなく信じている彼女の脳である。
 少なくともアシディアはヴェーネンに畏怖や脅威、惨澹を与えたかったわけではない。全く逆のむしろ彼女の言うとおり、それがデネレアのひいては世界のためになると真面目に信じていたのだから。

 例えるならば、信仰する神を愛するがあまり、そしてその思想によりあらゆる人々を救いたいがあまり、異教徒を踏み倒して改宗せよと脅しているようなものである。全く悪意などなく、迷惑なほどに愛が籠もった親切心なのだが、その気持ちが異教徒に伝わることはない。ある意味でとても純粋に可哀想な存在なのかもしれない。

 何も言えずにリアスの深い色の瞳をすがるように見つめて、彼はその続きを聞いた。

「だが、もはや機構にもその手しか残っていなかったのだろう。ゼーレはアシディアと結託して機構へ進入し、そこでスギスタを倒すことに成功した。アシディアがゼーレと融合しなければ世界危機は今もまだ続いていただろう。ゼーレだけでもアシディアだけでもスギスタを倒すことは不可能だった。
それにアンヴァルクの遺産と融合するなどいう恐ろしい真似を平然とやってのけそうな人物は、私の知る旧ヴェーネンの中でアシディアただ一人だ。たとえ、機構への最悪の脅威が誕生することになっても、機構は危機を解除したかった。
なぜならば機構、そして我々アンヴァルクは世界を僅かでも長く存続させることが使命であるからだ。
さらに機構は知識が脅威に繋がることを学習した。旧ヴェーネンの永遠に蓄積される知識がいずれ機構を脅かす存在になることを予測し、機構は旧ヴェーネンの廃止を決定した。現在アンヴァルクは、世界に存在する十二人全ての旧ヴェーネンにその通達を行っているところだ」

「十二人? アシディアは死なないのか」

彼が知る限りでは旧ヴェーネンは十三人存在しているはずだった。

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