2/4 アンヴァルク=リアスの訪問は実に三百年ぶりである。そうきくと、ずいぶん久しい気もするがメルヴィトゼンの感覚で三百年はそれほど遠い昔でもない。 アンヴァルク=リアスは古い友人であり、また数少ないメルヴィトゼンと同じ時の次元を歩く者であった。古くからの知人が次々と帰らぬ旅に出る中、旧世界からの付き合いがあるのは、リアスただ一人となっていた。 「リアス!」 珍しく城門前まで下りてきたメルヴィトゼンは、やって来るであろう友人をしばらく待っていたが、やがて正面から馬に乗って向かってくるリアスの姿を見つけると名を叫んだ。それに気が付いたらしいリアスは、心持ちか馬の速度を上げ、なびく深いの群青のドレスを一層はためかせた。 「メルヴィトゼン。久しいな」 メルヴィトゼンの前に現れたアンヴァルク=リアスは微笑んでいた。 自然界においてありえない、長く青い髪はそれ以上伸びることもなく、美しい群青のドレスは色褪せることもない。深い海色の瞳にはいつもなんの感情も宿さないが、形のいい唇は常に彼の望む言葉をくれた。長身のせいで男に思われることが多かったが、その秀麗な顔は女のように見える。といってもリアスは女でもなく、普段は女性的でたおやかな顔つきが、紛れもない美男の顔に見える時もある。 リアスは馬から降りるなりメルヴィトゼンをしっかり抱擁した。メルヴィトゼンも抱擁を返したが、それに意味があるのかは謎である。なぜならばリアスはアンヴァルク――すなわち、全ての次元の法則を絶対的に支配する世界機構の使者であり、人格や個性は存在するものの生物に分類されない、生きていない者であるからだ。 つまりリアスがメルヴィトゼンを抱擁したのは、ヴェーネンを観察して学習したリアスがヴェーネンらしい振る舞いをしてみせたに過ぎない。 悲しいことではあったが、遠く昔からそれを承知でリアスを友と呼んでいる。 「リアス、よく来たな」 「友よ、今日は機構の命令でここに来た」 リアスは悲愴を含んでいる表情で言った。 ヴェーネンを友と呼ぶ、奇妙なアンヴァルクはリアス一体だけであった。リアスは新世界に存在する八体のアンヴァルクの中で、唯一ヴェーネンに見まごうほどの滑らかな表情と柔らかい語彙を持っている。アンヴァルクに心はないが、このリアスだけは特別なのではないか、と疑問に思うこともしばしばである。もっとも、絶対的な機構の使者であるアンヴァルクが、心もしくは自我に目覚めれば旧世界に存在した世界で最も美しいアンヴァルク=アルトのように機構から削除される運命にあるので、リアスがこうして目の前にいるということは、やはり感情などないただのアンヴァルクであることを哀しくも証明しているのだが。 何かが起きたのだ。 メルヴィトゼンの微笑とつかぬ間の高揚は消えた。友はご機嫌伺いのためではなく機構の命令で来た。その事実だけでもメルヴィトゼンの落胆は密かに大きかった。 「陛下!」 と後ろから声がした。メルヴィトゼンが振り返ると、宰相ラズーニンが老体を必死に動かしながら近づいてくるところだった。 「陛下が廊下を走っていたとお聞きしたものですから、何かあったのではと思いまして」 息を切らしているラズーニンに「いや、なんということはない。友人が訪ねてきただけだ」と彼はリアスに目をやった。 「あ、あなた様はもしや、神の使者アンヴァルク……。お会いできて光栄です」 老眼らしいラズーニンは目を細めてリアスを見ると感嘆した声を出した。 なにしろ髪が青いのだ。しかもメルヴィトゼンにアンヴァルクの友人がいるというのは有名な話でもあったので、ラズーニンはすぐに気が付いた。 「アンヴァルクが神に仕えていたのは旧世界の話だ。今は世界機構の使者というのが正しい」 新世界ではほとんど姿を現す事がなくなったアンヴァルクを前にして、さぞ感動しているであろうラズーニンにリアスが向けたのは、そんな冷静な言葉だった。 メルヴィトゼンは心の中でため息をついた。 [*前] | [次#] しおりを挟む モドルTOP |