悪の終


母の顔を思い出そうにも思い出せない。
浮かんでくるのは弱々しい細い背中と左右対称がきれいな薄汚れたエプロンの後ろの結び目くらいだ。母親は灰色の髪でエリンという名前だった。ジヴェーダの父親は白い髪でジュイドという名であると母から聞いたが、おそらくそれは本名ではなかっただろう。
結婚すると約束したくせに腹に子が宿るとすぐに行方をくらましてしまった。エリンは家から縁を切られ、路頭に迷った挙句にその地ではそれなりに裕福だったバルダミアスという拷問師の家の倉庫を、家の掃除をすることを条件に貸してもらい、そこで子供と二人暮らすことになった。
ただ、倉庫に住んでいたのはほんの少しの間だけで、バルダミアスとエリンはすぐに恋に落ちて結婚したので、ジヴェーダはまともな家で育つことができた。実際、倉庫に住んでいたことを母から聞かされるまで彼は知らなかった。

バルダミアスは拷問師であることから近隣では軽蔑されいつも罵られて、家には毎日のように石が投げ込まれた。母がきれいに植えた花も翌日にはことごとく踏みにじられ、嘆く母を可哀そうに思っては、それは自分がやったのだと意味のわからない嘘をついた。
バルダミアスとエリンの間にはやがて二人の子が生まれたが、バルダミアスはジヴェーダにいつまでも温顔で実の子と同じように可愛がってくれた。


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