悪の終


「ほとんどその噂の通りだ。あれが本当にエメザレであるなら」

ジヴェーダは受け取った酒を口に入れた。香料が強い。慣れない味につい言葉を詰まらせたがすぐに続けた。

「エメザレの足を粉々に砕いたのは確かだ。エメザレを拷問したのはこの俺なんだからな。宮廷を去るとき奴はほとんど瀕死だった。俺は奴が助かると思ってなかったし、もし助かったとしても一生ベッドの上から起き上がれない身体になっていると確信していた。
だが、そんなエメザレが再び自らの足で歩き、しかもまるで空間移動でもしたかのように突然、王の真後ろに現れた。王は振り向いた形跡もなく玉座に鎮座したままきれいに真後ろから首を斬り落とされていた。王子は正面から胸を刺され、おそらくその後で首を刺された。
状況から推測するにエメザレはそこから王の首を持ってまた空間移動し、暗殺に気付いて宮廷が混乱に陥っている中でガルデン軍と凄まじい数の民兵軍を率いて首都を取り囲み、王の首を高々と掲げて『降伏せよ』と提唱した。
白い髪のお飾りな護衛軍は戦うことなく降伏し宮廷からも降伏を示す旗が揚がった。というわけだ。ばからしいがそれ以外に説明はつかない」

話し終わったところで彼は気が付いた。
そのばかげたことが事実でエメザレが空間移動でき、そのエメザレがジヴェーダを殺そうと思ったならば、エメザレはご丁寧に宮廷に赴いて彼への謁見を申し込む必要もなく、王にしたのと同じく影のように後ろから歩み寄って突き刺し、もしくは寝ているジヴェーダの喉を掻き切り、本人も気付かぬ間に殺すことなど簡単だったろう。

ジヴェーダを殺さなかったのは空間移動できないためか、殺す気がなかったためか。あるいは本当のエメザレではないためにジヴェーダを殺す理由がなかったのか。どれにせよ、自分を殺しに来るのにわざわざ正面玄関からは訪れてこまい。
彼は先ほどの己の鈍い思考と焦りを笑った。


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