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「お帰り。お帰り。私のエメザレ。私の子供。私の私の私の私の私の子供。私の私の私の私の私の私の愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい私の私の私の私の子供。お帰りなさい。お帰りなさい。エメザレ」

背の高い、細い、長い黒い髪の、顔の白い、暗黒で塗りつぶされたような瞳の、表情がなく静かで、幻覚のように美しく、曠然(こうぜん)たるひとだった。
母親の暗黒の瞳には、拷問を受けなければ、おそらくそうなっていたであろう、二十七歳の傷のついていないエメザレが表示されていた。

母はエメザレを抱きしめた。細い指で棒みたいな腕で。

抱きしめられた時、ちょうど母親の胸の下に顔が埋もれて、一度も感じたことのない胸の柔らかさと温もりに安堵した。そして恐ろしくなった。

この優しさに身を任せたら、また辛くなるのではないかと思った。きっと生き様を、エメザレが生きてきた道程を、母親が知ったら悲しむのではないかと思った。
でもわがままな子供のように、それでも無条件に抱いていてほしかった。

「ごめんなさい。怒らないで。否定しないで。寂しかったよ。寂しかったんだ」

母親は不思議そうな顔をしてエメザレを見つめた。

「どうして否定することがあるの。私は私は私はあなたのお母さんなのに、どうしてどうしてあなたの何を否定するのですか。あなたは立派でした。ずっとずっと見て、見ていました」

「あぁ、……ありがとう」

あの時のことを思い出した。

昔のあらゆる出来事を。燃え盛る赤い世界と母親の背中を、蹂躙していった、あらゆるひとびとと粘膜の感覚を、エスラールの美しい魂を、ヴィゼルの祝福の言葉を、王子の純潔の瞳を、拷問師の優しい手の動きを。
すべては今、肯定されたのだと思った。

細い直毛の世界を覆い尽くすほどに長い、漆黒の絹糸のような黒髪が、まるで触手のようにエメザレを包み込んできた。心地が良い。気持ちが良い。この世界に溶けてしまいたい。

「ねぇ、母さん、なぜ私を捨てたの」

母親の瞳に反射して映るエメザレはずっと泣いている。

「エメザレエメザレエメザレエメザレ。泣かないで泣かないで泣かないで。捨ててごめんね捨ててごめんね。あのひとをあのひとを葬らなければならないのです。負けたら全てが消えてしまうのです。でも、もうずっとずっと私が私が私が放さないから。泣かないで泣かないで泣かないで泣かないで」

進化する前のさなぎのように、エメザレは黒い美しい糸に包まれていく。
木が騒めいている。風など吹いていないのに黄金の草原が揺らめいている。
水の音がする。ずっと水の中にいるような、轟音に近い水の音がする。

「ねぇ、ここはどこなの」



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