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燃え盛かる夕日の方へと帰っていくヴィゼルの背中を見て、遠い昔の母親の背中を思い出した。また捨てられるんだな、と思った。
今度は切り捨てられるのだ。

リンゴが五個入ったバスケットと共に置かれた果物ナイフ。それを見た時、死んでくれと言いに来たのだと理解した。涙は出なかった。
嘆願書が送られてきた段階でもう泣き尽くすほど泣いて、愛国の息子達と共にあることを諦めた。これは救いなのだった。

やっぱりヴィゼルは親友だったと思った。ジヴェーダがお友達に頼めといった時、友達なんかいないと言ってしまって悪かったと思った。
エスラールもジヴェーダも終わりをくれなかった。

終わりをくれるのは親友のヴィゼルしかいないと心の中で実は信じていた。ヴィゼルは真面目で冷静だから、エスラールでもエメザレでもなく国家の未来を選んだのだ。裏切りだとは全く思わなかった。

今一番に欲しいものは、もはや肉体の救いでも魂の救済でもない。紛れもなく完全な死であり認識の終焉だった。一番欲しかったものを彼は届けてくれたのだ。

外は暗闇に包まれている。森が蠢いている。
エメザレはナイフを握りしめた。小ぶりの果物ナイフだが、誰かを殺すには充分という感覚があった。

エスラールはこれから先どのような人生を歩むのだろう。共に歩めないのが残念だ。
けれども魂は、私という概念は常に君のそばにありたい。
私は今還るよ。君のところへ。絶対に。

それは痛みではなかった。首に突き刺さるナイフの感覚は焼けるように熱く、溢れ出る血は、温かかった。




目を開けた。
あの優しい馬のような黒い瞳と目が合った。


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