2/6 朝起きると現実に引き戻された。 ぐしゃぐしゃに乱れたベッドに横たわっていて、やがてレイテがやって来ると、エメザレの身体を丁寧に拭き、新しい入院着に着替えさせ、車椅子に移して朝食の置かれたテーブルの前に座らせて、エメザレが朝食を食べている間に、彼女が淡々とシーツを変えるのだ。 それが終わると何もない時間が続く。 この頃、読書はしなくなった。エスラールから貰った本は、エスラールのことを思い出して辛くなるのですべて捨ててしまった。 そして何よりの理由は、視力が落ちて文字が読めなくなったからだった。文字のシルエットを頼りに、書かれていることをある程度予想はできるが、とてつもない労力を要するので本を読むことは諦めた。 そして視力だけではなく、聴力も確実に悪くなっていた。 水の中に潜りながら話しているような感覚だ。時々自分の声が聞こえないことがあった。自分が何を話しているのか聞こえないのだ。 視力も聴力も、今後どこまで悪化するのかわからない。目が見えなくなり、耳も聞こえなくなったらと思うと恐くて仕方がなかった。 すがれるものは酩酊と快楽しか残されていない。 そして、エメザレの心の中でエスラールという存在が占めていた割合は、思っていたより遥かにずっと尊大だった。内側から虚無が襲い来るようで、一人でいる時間が震えるほどに寂しい。 もうエスラールに会えないということの絶望は、あっという間にエメザレを蝕んだ。 虚無から逃げるために朝から酒を飲むようになった。酔っている間だけは少しだけ冷静でいられた。楽しいような気分になって落ち着いた。 だが酒がある分量を超えると悲しみが決壊したみたいに吹き出てきて、気付くと泣き叫んでいる。声が出ないので誰にも気付かれないのが救いだった。 精神が荒廃していくのがわかる。破綻に突き進んでいる。 けれどもそうしなければ虚無に抗えない。 いままでエスラールの存在にどれだけ支えられてきたのかを思い知った。どんなに周囲から嫌われていてもエスラールだけはエメザレをかばってくれた。仲間の輪に入れてくれた。ずっとそばで支えてくれていた。エスラールがいなければ自分が輝けることはなかっただろう。 エスラールと会う前は独りぼっちが恐いだなんて思ったことがなかった。独りになることがこんなに恐いことだなんて知らなかった。 昔、自分には才能があると思っていた。 [*前] | [次#] しおりを挟む モドルTOP |