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しかし熱く語るエスラールを前に、エメザレは尊敬しながらも寂しい目で見つめていた。

エメザレが歴史に取り残されることは、拷問を受けた時から明らかだった。しかし、こんなにも早く急激に歴史が進むとは思っていなかった。

エスラールは無邪気に嬉しそうに、自分の功績を語ったが、エメザレは自分が必要とされていないのだということを理解した。頭脳はまだ生きているはずだが、それはもう必要がないのだ。経験も知識も老将が授けてくれるだろう。

けれども悪い気はしなかった。もちろん寂しくはあったが、彼が彼の素晴らしい能力を生かして英雄になるのなら、それでいいと思った。

幸せになってほしい。エメザレからすれば、エスラールが幸せを願い祈ることが一番の幸せなのだった。エスラールの幸せのために、自分に残されたすべての幸福を捧げたいと思っていた。

エメザレは取り残される。もう二度と歴史に関わることない。

そして、エメザレが思っていた通り、エスラールが訪れる頻度は格段に減っていった。

時々ジヴェーダが訪ねてきて、相変わらず鑑賞するようにエメザレを見ながら酒を飲んでいた。頻度でいうならば、ジヴェーダのほうが確実に多かった。

ジヴェーダとの沈黙の多い時間はなぜか心地よかった。強い酒を飲ませてくれるからかもしれない。段々と離れいていくエスラールのことを忘れて、酔っていられる沈黙の時間だった。

エスラールは既に、一か月に一度来るか来ないかになっていた。おそらく友愛会からの指示だろうと思った。エスラールは今や国の最重要人物といっても過言ではない。彼は近々名実ともに英雄になるだろう。

そもそもここは宮廷拷問師ジヴェーダの施設なのだ。相変わらずジヴェーダがエスラールを避けているところを見ると、ギリギリまで泳がせておく方針のようだが、突然にエスラールが捕らえられる可能性もある。行くなと言うのは当然のことだろう。

そして友愛会は、国の象徴であるべき英雄に同性の恋人がいることを絶対に許さないだろう。エスラールは歴史に残ってしまう。

自分の存在を消したいのだとエメザレはわかっていた。

もう次は会えないかもしれない。久しぶりに来たエスラールを見てそう思った。

彼に何かを言わなければならないと思った時、白い王子のことが心に浮かんだ。

一度しか話したことのないエメザレを庇い、今も尚、たった一人あの冷徹な宮廷で頑なに戦い続けているらしい王子の姿だ。あれからもう三年近くが経っている。十三歳になっている純潔の白い髪の王子のことを最後に伝えたいと思った。

「ねぇエスラール。白い髪の王子のこと覚えていますか。私、前に言ったでしょう」

「君を庇ってくれた王子様?」

 エスラールは切った卵焼きをエメザレに差し出しながら、穢れない瞳で首をかしげて笑った。

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