1.愛国の息子達
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「エスラール、話がある」

 自分の名を呼ばれたのでエスラールは走るのを止めた。十人ほどと並んで走っていたのだが、仲間たちは次々とエスラールを抜き去っていった。
本日はすこぶる晴天であり、夏らしい夏の日だった。珍しいほどに空が青く晴れ渡り、太陽が照り付けていたが、特に暑くはない。適度に暖かい気温で、こうして延々と走るのにはなかなか丁度よかった。

 時はまた昼前だ。普段ならば正午の鐘が鳴るまで走って、それから昼飯になる。このように呼ばれたりしない限り、走るのを止めてはいけないのだ。一緒に走っていた仲間たちは後ろを振り返り、エスラールを気にする素振りを見せながらも、立ち止まる者はいなかった。


 クウェージアという国は色々と不条理である。少数の白い髪が、大多数の黒い髪を劣悪に支配している。白い髪も黒い髪も、同じエクアフという真っ白い肌を持つ種族なのだが、白い髪は太古の昔から自分たちが世界で最も崇高だと信じ込んでおり、絶対的な神聖な力とかなんとか適当なことを主張して、とにかく黒い髪を蔑みながら君臨している。神聖な力やら神やらを、やたらめったら口ずさむくせに国力は貧弱で、黒い髪は慢性的な飢餓に苦しんでおり、毎年の餓死者を積み上げればひと山もふた山も築けそうなほどである。

 餓死者に負けないほどに新しい命も生まれていたが、極貧のどん底では何人もの子供を育てることは難しい。好んで我が子を捨てたがる親もそういなかろうが、生きるための選択となれば、仕方がないことでもあった。つまりクウェージアは親を失った孤児と、子供を捨てたい親で溢れていた。

 クウェージアの白い髪はその捨てられた子供たちと、捨てられる運命にある子供たちに目を付けた。保護という名目で各地からさらうように孤児と貧しい家の子供たちを集めてきて、女児は諸外国に売り払い、男児は精鋭の軍人に育て上げ、生涯クウェージアのために戦わせたのだった。

 帝立軍事教育所ガルデンは、最強の軍人を育成すべく設立された軍事施設である。十五から二十四までの男子が在籍しており、休みなく戦闘訓練と勉学と戦争に従事している。

 環境としては悪くはない。むしろ恵まれているかもしれない。戦闘中に死ぬことはあるが、少なくとも寒さで凍え死んだり、餓死したりはしない。自由を制約され、外の世界を見ることはできなくとも、なかなか上等な飯を食べ、そこそこかっこいい制服を着て、ささやかな日常に笑っていることができる。二十五になればガルデンを出て、決められた場所になら住むこともできるし、結婚も許されるのだ。それはそれで幸せなことだ。だから孤児たちは、自分を捨てた親を憎んでも、白い髪を憎みはしなかった。
白い髪は孤児を『愛国の息子たち』と呼んだ。

 エスラールはガルデンに在籍する、そんなクウェージアの孤児の一人だった。



「悪いね。訓練の途中に」

 声のした方向には外廊下があり、誰かが立っているのがわかった。外があまりに明るいせいで、外廊下は薄暗く、立っている人物の顔がよく見えなかったが、エスラールはとりあえず近付いていった。

 そこにはサイシャーン前期総隊長が、無愛想な顔つきで佇んでいた。


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