0.プロローグ
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彼がエメザレと出会ったのは二人が十六になる頃だった。正確に言えば出会ったのはもう少し前のことだったが、意識して話し合ったのはその時が初めてだった。
 暑くもないあの夏の日は、ただ日差しだけが強くて、外の光に慣れた彼の目には開けたドアの向こうの部屋が、やけに暗く冷たく感じられたのだった。

「よろしくね、エスラール」

 部屋の隅に淋しそうに立っていたエメザレが、薄暗い部屋の中からこちらに歩み出て、そう言って微笑んだ時、彼は価値観が破壊されたように呆然と立ちすくみ、直感に打たれた。

 エメザレの深い夜淵の色の髪は一本一本が絹のように細くしとやかで、白い肌は純潔のまま、なんの傷もない。黒い黒い瞳には静かでありながら強い意思が宿り、先天的な悲観を無意識にまとって、そして真っ直ぐに穏やかな気持ちで何かを諦めている。
その瞳を見た時に彼はわかってしまった。エメザレは美しい根底を保ったまま、腐りきった汚物の中でひたむきに生きているのだと。汚泥は表面にかぶさって、真理を妨げているだけなのだ。エメザレはまだ無傷だ。まだ死んではいない。まだ狂ってはいない。
彼にはエメザレの本質がなぜか瞬時に、まるで運命のように理解できた。おそらく今まで誰も、見ることのできなかったものだ。なぜ突然に自分にだけそれが見えたのか、エスラールはわからなかった。

 だからエスラールは微笑むエメザレに返す言葉も考えつかず、なんだか感慨深くなるようなエメザレの不思議な瞳を見つめて、しばらく突っ立っているしかなかった。



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