2.微笑みの嫌われ者
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「僕の顔、見つめても何も出てこないよ」

 おそらく結構な長い時間、エメザレの顔を見つめていたのだろう。エメザレは少し困ったような顔をしてまた微笑んだ。返しが慣れている。こんなふうに顔を注視されることは日常茶飯事なのかもしれない。

「……ごめん」

 謝ったが、エスラールはいまだにエメザレを見つめたままだ。

「気にしないで」

 とエメザレが言ったところで、二人の会話は途切れてしまった。いつもはなんの苦労もなく無駄話が湧いて出てくるのだが、なぜかなんの言葉も浮かんでこない。頭の中で繰り返し流れているのは、寂しい影と真っ直ぐな瞳だ。

「そんなに僕の顔が好き?」

 エメザレはちょっと呆れたように言って笑った。

「違くて! 顔じゃなくて、顔じゃなくて……目が……目が、綺麗だなぁ……と……」

 言いたいことはそうではなかったはずなのだが、とっさに出てきたのは愛の告白めいた恥かしい台詞だった。まさか自分の口から、そんな言葉が飛び出してくるとは思いもしなかったエスラールは言い放った瞬間、あまりの羞恥心で全身が沸騰するように熱くなった。

「目?」

「いあや、あや、いや、俺が言いたかったのはそうじゃなくて、今、君の目を見て俺は思ったんだけど――」

 エスラールがやっと言葉を整理できた時、正午の鐘がけたたましく鳴り響いた。内臓に響くような重い音が何度もやってきて、エスラールの言葉は掻き消されてしまった。

「正午だ。一号隊って一度目の鐘で昼食なんだよね?」

「そう。一度目の鐘で昼食だ」

「なら早く行かないと。食べ損ねるよ」

 言うが早いか、エメザレは歩き出した。エスラールを待つ気も、気にかけるつもりもないらしい。一度も後ろを振り返ることもなく、ぼんやり立ちすくんでいるエスラールを置いて、エメザレは遠ざかっていく。

 どんどん小さくなっていくエメザレの細い背中を見ていると、拒絶されたのではないかと心配になってきた。

「ちょ、ちょっと待って。なんで俺のこと置いてくんだよ! 普通一緒に行くだろ!」

 あれを一号隊に馴染ませるのは難しそうだと心中げんなりしながら、エスラールは慌ててエメザレを追いかけていった。



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