8/9 「お前、仲間が死ぬんだぞ。それともロイヤルファミリーに全部話すつもりなのか」 「さあね」 エメザレの答えに、エスラールは返す言葉が出てこなかった。 ひとの命が関わっているのだ。命というものが、どれほど貴重なのか、このクウェージアに生まれたのなら嫌というほどわかっているはずだ。エメザレだって身近に見てきただろう。大護院で死んでいった憐れで弱い孤児たちを。その死に顔を、覚えているだろう。それらを全てなかったことにされたような気がした。死んだひとびとが、かつて生きていたことを、ないがしろにされた気がした。 もう、こいつ狂ってる。 掻きむしられるような悔しさが膨れて、たまらずにエスラールは右手を振り上げた。 「………ぅ」 エメザレの口の端から、小さな呻きがもれ、身を強張らせて目を閉じた。 昨日と同じだと思った。バファリソンがしたことと同じだ。殴ったら、エメザレは二度と心を開かない。べつにひどいことをしたいわけじゃない。でもエメザレはその違いを理解できないだろう。 エメザレを殴る奴はたくさんいるのだ。罵る奴も軽蔑する奴も強姦する奴もたくさんいるのだ。ずっとそんな奴らに囲まれながら、負けずに生きてきたのだ。きっと、きっと辛かっただろう。痛かっただろう。身体中が痛いんだろう。それでも悲しそうに笑って、一人で必死に生きている奴を殴るのか? エスラール。お前はそんな奴じゃないだろう? 「行くなよ」 エスラールは衝動的にエメザレを抱きしめていた。それしかないような気がした。殴っても怒鳴っても無意味だ。エメザレには効かない。苦しみに慣れているのだ。慣れていないのは労わりだ。生きてきた道を認めることだ。 [*前] | [次#] しおりを挟む モドルTOP |