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「お礼はもう言われたよ。助けたとき、ものすごい小声で。エメザレは恥かしがり屋さんなんだろ。そんなに嫌な奴じゃないよ」
「エスラールはいい奴だなぁ。僕は時々、心の底から心配になるよ」

 ヴィゼルは半分呆れたような声で言った。

「あ、そうだ、ヴィゼル。昨日、制服のボタン拾ったって言ってたよね。ボタン、どこにある?」
「僕の部屋にあるよ。あとで届けに行くよ」

 本音を言うならヴィゼルの部屋に行っておしゃべりでもしたかったりしたが、あまりエメザレを一人にするのはよくない。おそらくヴィゼルもエスラールと同じ気持ちだっただろうが、ヴィゼルはそのへんの空気を読むのがうまかった。あえて『僕の部屋に取りにおいで』と言わないところに健気さを感じる。そんなところがたまらない。

「友よっ! 礼を言う」

 エスラールはそこはかとない愛しさを籠めて、ヴィゼルを窒息死寸前まで抱きしめた。


◆◆◆

「ああいうことするの、やめてくれる」

 自室に戻ると、エメザレがなぜか怒っていた。しかも帰ってくるエスラールを待ち構えていたとばかりに部屋の中央の仁王立ちをしている。

 それにしてもこんなにも体格差があったのかと驚くほど、エスラールの制服はエメザレには大きかった。エメザレは平均より若干背が低いくらいで、チビというほどではない。たぶん身長差の問題ではなく、体格の問題なのだろう。エメザレは、まだまだ大人には程遠い、少年の華奢さを色濃く残していた。まるで大人の服を子供が着ているように見えて、失礼ながら、怒っている顔を可愛らしく感じてしまった。

「制服のこと? だってあのままで訓練するの、嫌だろう?」
「制服もそうだけど、みんなの前で僕の頭を撫でるとか、やめてよ。どういう神経してんの」
「ご、ごめん」

 助けたときはまんざらでもなさそうだったのに、と微妙に不服に思いながらも、エスラールが謝ると、エメザレは苛立った様子で深く息を吐いた。それからなにを思ったのか、エメザレはエスラールの手を取ると、自分の頭に持っていった。

「僕のこと触りたいなら、二人きりのときにいくらでも触っていいから」
「違うよ。そういうのじゃないんだよ。なんか猫のこと思い出したんだ」

 エスラールは慌てて手を引っ込めた。しかしエメザレの髪の毛は細くて柔らかい。くせになりそうな手触りだ。どうしてこの麗しい肌触りの髪が、ヴィゼルには付いていないのか。そうであれば思う存分撫でられるのにと思うと、非常に悔やまれる。



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