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「答えろ。その痕はどうしてついたんだ」

 エメザレは答えない。それはそうだ。こんなに静まり返った場所で経緯など説明できるわけがない。しかしその沈黙は、上官の問いには答えなくてはならない、という規則に反していた。デイシャールはふいにエメザレの頬を殴った。静かな訓練場に鈍い音が響く。倒れはしなかったが、エメザレはよろめいた。このくらいの体罰は日常的だ。誰しもが見慣れている光景だった。軍人の顔の醜美などどうでもいいとは思うが、それでもやはりエメザレの顔を殴るというのは、なんだか残酷な気がした。

「淫売め」

 デイシャールは低い声で吐き捨てるように言った。
 やっぱりわかっているんじゃないか、と内心エスラールは突っ込んだ。それにしても単に機嫌が悪いのか、それともエメザレが気に食わないのかは不明だが、攻撃の対象は完全にエメザレへ向けられてしまった。こうなると長くなるのをエスラールは知っていた。適当に謝り倒せば、ことは早く治まるのだが、エメザレはそれを知らない。

「なんだその態度は、貴様。答えろ」

 デイシャールがエメザレの襟元を掴み上げると、制服のボタンがまた取れた。きっと、かろうじてついていたボタンだったのだろう。襟元どころか、無残にも胸元あたりまでがむき出しだ。

「黙っていないでなにか答えろ。聞こえないのか」

 エメザレはむき出しの胸を隠そうともしない。ただ頑なに下を向いて黙っているのだ。痕の経緯を述べずとも、謝るとか、やめてくださいと言ってみるとか、色々と対応の仕方はありそうなものだが、ダンマリを決め込むとは、案外エメザレは意地っ張りなのかもしれない。

 エスラールは気が気ではなかった。エメザレを一号隊に早く馴染ませるのに、どう考えてもこの状況は好ましくない。教官にまでないがしろにされてはエメザレの孤立感がいっそう強くなってしまう。それに三本タイを没収されたということは、エメザレはこのまま訓練をすることになる。そうなれば、思いやりのない視線を浴びるとこは必至だろうし、自由時間の嘲笑のネタにされることも間違いない。

「教官」

 エスラールは前を向き、サイシャーンのように背をぴんと伸ばして、挙手をした。

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