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「それでは剣術訓練を開始する。本日の訓練は――」

 デイシャールは前説を始めたが、どうもご機嫌が麗しくない。いや、麗しいところを見たことはないが、エスラールの遅刻を思う存分叱れなかったせいだろうか。いつも以上に明らかに不機嫌だった。何度見ても嫌な目だ。糸のように細くて吊上がった目で、一人一人を検閲でもするかのように丁寧に確認していく。
 その目が、後ろの列を見た。

「エメザレ、なぜ三本タイをつけている」

 比較的小柄なエメザレは三列目にいる。
 デイシャールは鋭い眼光を差し向け、隊列に割って入ってきた。デイシャールでなくても、その質問はしただろう。三本タイは正装をする時にだけつけるものだ。実は、訓練中にしてはいけない、という規則はない。ただ、してもいいという規則もない。デイシャールは普通とは違うエメザレの服装を見つけて、おそらく半分腹いせで言ったのだ。

 眼球だけを一生懸命動かしてみたが、もちろん後ろを見ることなどできない。エメザレの様子はわからなかった。

「ボタンが取れたからです」

 エメザレは静かに答えた。

「外したまえ。タイは私が預かる」
「はい」

 通常であれば、首を動かすのは慎まなければならないのだが、エスラールは思わずエメザレを見てしまった。エメザレが三本タイを取ると、襟元がだらしなく開いた。ここからはよく見えないが、デイシャールからは鬱血痕が丸見えだっただろう。エメザレはそれでもおとなしく三本タイを差し出した。

「その痕はなんなんだ」

 デイシャールは、三本タイを受け取り、訊かなくてもいいことをわざと訊いた。ガルデンに勤務する教官は全員がガルデンの卒隊者だ。彼らだって、若き日に、このガルデンで生きていたのだ。痕が意味することくらい質問せずともわかるはずだ。
 エメザレは黙ってうつむいた。



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