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「そうだ、二号隊の奴らなら知っているんじゃないかな。なにしろ二号隊のほとんどはシグリオスタの出身だからな」

「ああ、そうだったんですか。なんか、二号寮が別次元の雰囲気だったことに納得しました。けど、じゃあなんで総隊長は一号隊にいるんですか?」

「ガルデンの振り分けはシグリオスタ出身が二号隊で、その他が一号隊になっているらしいんだが、私がガルデンに入った年は、シグリオスタ出身者の人数が多すぎて二号隊に入りきらず、私と何人かだけ一号隊に回されたんだよ。
ことろで、私がシグリオスタの出身だということは、あんまり言いふらさないでくれ。人格を疑われると困る」

「そんなに、人格が歪むのが普通なくらいにひどい環境だったんですか」

「シグリオスタは子供の王国だったよ」

 きっと嫌な思い出なのだろう。サイシャーンは気持ちを整理するかのように少し間を置き、話を続けた。

「教師という大人は確かにいたが、彼らは武術と勉強を教えるだけの存在だった。もちろん悪いことをしているのを見かけたら叱るがね、子供だってそうバカでもないから、悪いことは大人のいないところでこっそりとやるだろう。本当は、裏でしていることこそ監視するべきなのに、大人は誰も裏まで入り込んでこなかった。人数が多くて目が行き届かなかったという理由も確かにあるだろうが、それを含めてシグリオスタの方針だったんだろう。弱い者はいらない、という方針さ。
だから実質、あそこは子供だけの王国なんだよ。あんな秩序のない、過酷な環境は滅多にないだろうな。なにしろみんな子供だから、情けも容赦もない。残酷で、手加減のしかたも知らない。強い者が滅茶苦茶なルールを作って弱い者を支配する。もう動物の世界だよ。思い出したくもない。強者の立場にいた私ですらそうなんだ。弱者を――エメザレのことを思うと憐れとしか言いようがないよ。いや、そんなことを言う資格もないな。私は……、私は強者だったのだから」

 エスラールはなんと答えればいいのかわからず、下を向いた。
 クウェージアが愛国の息子たちを大切にし始めるのは大護院を卒業してからだ。戦場に立ち、軍人としての勤めを果たせる年頃になって、初めて死なせない配慮をしてもらえる。それまでは、弱者と強者を分けるために、ふるいにかけられる期間なのだ。カイドノッテでは、そのふるいは病気だけだったが、それでもガルデンに比べれば過酷な環境といえた。大護院の思い出は辛いものだ。それは全ての大護院にいえることだろう。

「さて、もう行こうか、エスラール。そろそろ朝食が終わる時間だろう」

 サイシャーンは過去から逃げるように背を向けた。二人とも洗顔はとっくに終っている。最初から歩きながら話していれば、朝食に間に合ったのではないか、という考えはこのさいしないでおく。

「あの、総隊長はエメザレの二号寮での行為を知ってて、それでも歓迎すると言ったんですか?」

 エスラールはサイシャーンの、ぴんと伸びた背中に向かって訊ねた。

「そうだよ。エメザレはまだ変われる。まだ十六なんだ。私は一号隊に来て、考え方も価値観もずいぶん変わった。ひとなんて環境でいくらでも変われるさ。ひとの半分は環境によって作られてるようなもんだ。まぁ、あとの半分は私の顔面のように、治らないかもしれないが。エメザレは絶対に変わるよ。君なら必ず変えられる!」

 サイシャーンは振り向き、冷酷な顔で――しかし瞳を星空のように煌かせながら言った。冷徹とロマンを併せ持つ、矛盾したその顔のなんと輝かしく崇高に男前なことか。エスラールはサイシャーンの悪人顔に萌え悶え、決め台詞に惚れ禿げた。

「超かっこいいです!! そおたいちょおぉぉぉぉぉぉーーーーーーー!!」

 エスラールは荒ぶる感情の赴くまま、激しく猛烈に、サイシャーンに抱きついたが、次の瞬間、わずかに気が遠のいて、気がつけば膨らんだたんこぶのさらに上に、もう一つたんこぶができていた。



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