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「えっ……と……。この世界のどこかだ」
「子供か!!」
「ふごっ!」

 勢いの良いツッコミの言葉と共に、エスラールの脳天にヴィゼルのチョップが炸裂した。

「心配しなくていいよ。ヴィゼル。昨日、エスラールを青姦に誘ったけど、全然立たなかったんだ。たぶんインポなんじゃない?」

 部屋から出てきたエメザレは、ヴィゼルを抱きしめているエスラールを、というか二人を冷たい視線で見下して、耳を疑うような言葉を吐いた。おそらく二人の会話を聞いていたのだろう。いや、むしろ、あれだけの大声で話していれば聞こえていないはずがない。
 エメザレはいつの間にやら制服に着替えている。しかもなぜか正装で、三本タイをつけていた。

「はぁ!?」

「友よ……君はインポテンツだったのか……。もしかして童貞を異性に奉納するというのは建前で、本当はインポテンツということを隠したかっただけなのかい……?」

 再びヴィゼルは生きる気力を失って、死に瀕しだした。

「いやいや、違うって! 俺は断じてインポテンツなどではない! エメザレ、お前ふざけんなよ!」

「じゃ、先行くから」

 エメザレはエスラールの抗議を無視して背を向けると、早足で顔を洗いに行ってしまった。取り残されたエスラールはとりあえず、腕の中で萎えきって生涯の幕を閉じかけているヴィゼルに目をやった。

「隠すな、友よ……。僕は君がインポテンツでも、これまでと変わらず愛し続ける。だからどうか僕にだけは正直に言ってくれたまえ」

「いや、本当に違いますけど!!」

 しかし、インポテンツという単語に引き寄せられるように、昨日に続いて野次馬が集まってきた。まあ、洗面所に続く廊下の真ん中で、友情演劇を繰り広げているエスラールも悪いのだ。かなり邪魔なうえに野次馬が来たせいで廊下が詰まりだしていた。

「何、どうしたの?」
「エスラールってインポらしいよ」
「若いのに、憐れだな」
「やっぱりそうだと思ってたんだよな。顔がインポっぽいもんな。なんとなく」
「確かにインポっぽいよね。根拠はないけど、なんとなく」
「これは特ダネだな。みんなに言いふらさないと」

 野次馬はみんなで好き勝手を言っている。エスラールは死にかけているヴィゼルを床に放り捨てて、すくと立ち上がった。

「インポインポ言うな! てか誤解だし。言っとくけど俺、バリ立ちでビン立ちだぞ! 夜中とか常に直立不動で、しかも垂直どころか身体に平行だぞ! あ、下に向かってじゃないぞ! もちろん上に向かってだ! 誤解すんなよ。いいか! 俺は! 断じて! インポテンツなどではないっっ!!!」

 まるでどこぞの偉人が演説でもするかのように、拳を握り、両腕を広げ、胸を張って力の限り主張した。

「エスラール、君は朝から下着一枚で何を言っているんだね」

 後ろから聞き覚えのある声がした。恐る恐るエスラールが振り向くと、そこには刃物のように鋭く冷徹な顔立ちのサイシャーンが、こめかみに青筋を何本も浮き上がらせ、目に見えぬ怒りのオーラを圧倒的に噴出しながら聳え立っていた。



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